羊雲

羊 雲

✥ 復路の羊のふんわりノート ✥

五十肩とコロナワクチン接種

f:id:white-ivy:20200225142710p:plain んともつまらんタイトルですが、うかつにも…五十肩になってしまいました。

うかつにも!というのは、後に気付いた思い当たる原因に対しての対策がやはり遅かったと思うからです。というのも、よく聞くこの五十肩、治るのに1年もかかるらしいとてもやっかいな病気なのです。

私は右利きなので、患ったのが左肩だったのは幸いでしたが、ちょっと友人に言っただけで、4人も経験者がいるほど、やはりポピュラーなのか?四十肩・五十肩。40代でなるか50代でなるかの違いで呼び方が変わるだけで、正式な診断名は肩関節周囲炎

そして、経験者にしか分からないであろう夜眠れないほどの激痛期を伴うとんでもなくあなどれない!病気なのです

今は、その地獄の激痛期を抜け、腕の可動域は狭いもののほぼ痛みが落ち着いた慢性期に入ったので、こうしてブログを書く余裕ができましたが、その診断が下されたのは9月中旬。そして、肩や腕の様子がおかしくなり始めたのは、半年も前の6月中旬なのです。

左肩にかけていたバッグの中身を左手で取り出そうとしたら、ビビッ左の二の腕にこれまで経験したことのないような激痛が走ったのです。

これまでも、後ろの物を取ろうとして少し無理に腕をひねって伸ばした時にピッと痛みが出る!というようなことはあったのですが、その時の痛みの強さと痛みが継続する時間が明らかに違いました。ビビッとした激痛が数秒あったのです。

でも、治まるとその後痛むことはないので、忘れていましたが、またしばらくして今度は別の動き前回とは違うところにビビッと激痛が走りました。そしてしばらくすると、また別の動きで違うところに激痛が…。

一番最初に痛みが出たのは二の腕だったのですが、通勤時に何年もの間、重いバッグを左肩にばかりかけていた故に肩を痛めたのが原因では?と思いました。なので、すぐに左肩にバッグをかけるのをやめ、同じように右肩も痛めるといけないので、バッグの中身を減らしたり、ミニバッグに分散させて、こちらは手で持つようにして肩に負担がかからないようにしました。

湿布を張り、なるべく悪い方の左肩を下にして寝ないようにするなどして様子を見ながら1か月が過ぎた7月下旬、回目のコロナワクチン接種日が迫ってきました。

右利きの私は、注射は通常左腕に打ちます。しかし、この状態の左腕にコロナワクチンを打っていいものか?と思い、相談も兼ねて整形外科に行きました。

その頃には軽いしびれも感じていたので、肩だけでなくのレントゲンも撮ることになりましたが、どちらも骨には異常はありませんでした。

「夜眠れないほどの痛みが出ることはありませんか?」と聞かれましたが、この時はNOです。

腕の可動域も、健常な右に比べると若干劣る程度でしたから、五十肩の診断は出ませんでした。他にも肩の病気はいくつかあるようなのですが、どれにも症状が当たらないようで、とりあえず痛みがあるところに湿布を貼り様子を見ることになりました。

病院のお盆休みを挟むので、次の診察は3週間後の8月中旬になりました。

ワクチンは、悪い方の肩に打つとその後痛みが出た時にワクチンの副反応による痛みなのか?肩の悪化による痛みなのか?が分からなくなるので、痛みのない方の右肩に打つよう言われました。

去年、インフルエンザワクチンを打った後、数日ほど腕が軽く腫れて赤くなり痒みが出たので、コロナワクチン接種後も副反応が出るだろうな~と思いました。

2~3日だとしても、ワクチン接種後どちらの腕も痛くて、寝る時にどちらにも寝返りが打てなくなるのは辛いなあ…、なんでこのタイミングでこんなことになっちゃったんだろう?と初めてのコロナワクチン接種に対する不安と合わさり、気持ちは沈みます。

これまで、重いバッグを左肩にかけて、片道1~1.5時間、徒歩と電車での通勤でした。コロナ禍になってからは電車が空いてきたので座れることもあったのですが、座れなければ重いバッグはずっと左肩にかかったままでした。バッグの中身は、財布やスマホ、眼鏡、定期といった必要最低限の物の他に、お弁当に水筒、晴雨兼用折り畳み傘に単行本(多い時は2冊。文庫本の方が軽いのですが、図書館で借りると文庫本より単行本の方がキレイなので)に会社の資料…とトートバッグがパンパンになるほど。周りの人に「重っ!」と言われても、少々重いくらい負荷がかかる方が骨が丈夫になる!というのを何かで読んでからは、鍛えているのだ!くらいの気持ちでいました。それが今回、加齢による筋力低下で痛めてしまったのではないか?と思ったのですが…。

『左肩に常に重いバッグをかけていたから』が原因ではない!と、整形外科のドクターにはキッパリ否定されました。

ならば原因は何~?と腑に落ちないまま、8月上旬、1回目のコロナワクチン接種を受ける日が来ました。

自治体よりも職場の職域接種の方が早く打てたので、ファイザーよりも副反応が強いと言われていたモデルナです。この頃は、第5波の真っただ中で感染者数が爆増していましたから、一刻も早く打ちたいー!と一心に願っていました。

そして、待望のコロナワクチン1回目を接種。

その日の夜、予想以上に腕が痛くなりました。ドアを閉めようと後ろに手を伸ばすだけでイテテテテ…と痛みが走ります。でも、反対側の悪くしている左腕の、時折起こる思わぬ動作で突然走る尋常じゃない激痛に比べると、たいしたことはありません。

しかし、接種した腕を下にして寝るのは痛くてできません。反対の悪い方の腕を下にすると即座に痛いわけではないのですが、長時間圧迫すると痛みが出るようで、途中で強い痛みに目が覚めたことがあり、これ以上悪化させるのは怖くてできません。私の母や息子はうつ伏せ寝もしますが、私は身体が固いのでうつ伏せ寝などできません。

よって、ひたすら仰向け寝です。

…あまり眠れなかったような気がしますが、ちょうど仕事が10日間の夏季休暇に入っていたので、気持ちは楽でした。

翌日の午後、ちょうど接種の24時間後に37.7度まで熱が出ました。だるさがあったので横に…いえ、仰向けになりましたが、悪寒や頭痛などはなく、さほどしんどくはありません。これ以上熱が上がるのを避けるために解熱剤を飲んだら、夜遅くには平熱になりました。

その翌日には、ワクチンを接種した方の腕の痛みはかなり軽くなり、徐々に引いていきました。その後は安静にしつつも、普通に家事をして過ごしたと思います。

しかし、夏季休暇が明け10日ぶりに出勤し、制服のスカートの後ろのファスナーを上げようとすると…違和感が。。。ファスナーは何とか上がりましたが、ホックが止められないのです!決して太ったからではなく、手がそこまで届かない!のです!!

仕方なく、ホックを前に回して止めて、再びクルッと後ろに戻しました。

同様に、エプロンの後ろのヒモが結べないなどのこの動作が出来なくなるのは、五十肩の典型的な症状だというのは後に分かったのですが、そうとは知らなかった私は2回目の診察時にそれを伝えませんでした。若き担当ドクターは、手や腕の軽いしびれが続いているので首のヘルニアの可能性を心配し、首のMRIを撮ることになりました。その病院には、MRIの機械がなかったので別のMRI専門クリニックで撮影した結果を持って、1週間後に3回目の診察を受けましたが、首に異常は無く、首のヘルニアではありませんでした。

「首のヘルニアだったら大変なので、まずはそうでなくて良かったです!」と言われました。

確かに!首のヘルニアでなくて良かった~♡

「…しかし、ならば何?ということになるのですが…」と、若きドクターは頭をひねります。私も病名が分からないままでは不安になります。薄っすらと…じゃあ五十肩?という空気が流れますが、ドクターの口からはその診断名は出ませんでした。

その時は、スカートの後ろのホックの他に若干髪が結びにくくなっていたので、少し動きが悪くなっているが工夫しているので何とかなっていると伝えました。痛みは、二の腕だったりひじの下だったり複数個所痛くなることがあるので湿布が足りないと伝えると、湿布は一番痛いところに1箇所だけ貼り、他は飲み薬の鎮痛剤で対処することになりました。「まだそこまで悪いわけではないので、今後は、痛みが強くなったらもっと強い痛み止め、動きが悪いのを改善したいならリハビリに通うということになります」と言われました。

その頃は、手のしびれや腕のだるさの方が不快だったので、リハビリをすると軽減するか?と問うと「それは神経から来るものだと思うので、リハビリでは治りません。」と言われました。

そして再び様子をみることになったのですが、2週間後の9月上旬が2回目のコロナワクチン接種直後だったので、副反応が出ると通院は難しいであろうということで3週間後になりました。

こうして、診断名がつかない不安をかかえたまま、症状は着々と五十肩へと進んでいき、回目のコロナワクチン接種後の強烈副反応と五十肩の地獄激痛期突入というW悲劇に大泣きすることになるのです。。。続く。

はて…な?ブログ⁉

f:id:white-ivy:20200225142710p:plain ログを始めて3年半。ブログを始める原動力となった黄斑前膜の術後5年!が過ぎました。

当時、黄斑前膜の手術直後の情報はいくつかあったものの、もっと具体的なその後の情報が知りたくて、…そんな私のように、同じように迷える子羊となってしまった方に、少しでも1例として役に立つことがあるのなら…と思い綴ってきました。

私の場合は、黄斑前膜の術後に白内障も発症し、更に手術をしたので、長きに渡る経過報告となりましたが、それも月日の経過とともに、視界は安定していき、新たに発信することはおそらくもうないでしょう…。

かろうじて、同じ黄斑前膜の手術をしたハルさんの術後の経過とともに回想録を綴っていましたが、それもハルさんの素晴らしく良好な術後の視界の安定により、安堵の気持ちでいっぱいのまま終了を迎えたも同然です。

振り返れば、よくもまあ、黄斑前膜と白内障だけで46もの記事を書いたものだと思います。

鄭先生も、もし私のブログを読んで下さっていたとしたら、まだ言うか?と思ったことでしょう。どの記事も長文で、どんだけ「あーだ、こーだ」と言えば気が済むのか、自分で書いておきながら、後から読み返すと…こんなこと書いてる!と、案外すっかり忘れています。

黄斑前膜に関して発信することがなくなったであろう今、これが本ならば、完!となるのでしょう。

ブログであっても、アプリコットさんのように更新終了宣言をして、放置することもできるでしょう。

私の場合は、コメントのやり取りもしていないので、発信の役目が終われば、それでお終いでしょう。

さて、はて?これからどうしようか…な?

…はて、な?…ブログ⁉

こうして考えてしまうことを書くから、Hatena Blog なの?と気が付いたのです!

そもそも、ブログって厳密にはどういう意味だったかしら?と思い、検索すると⇩

ブログ (blog) は、World Wide Web上のウェブページに、覚え書き論評などを記すウェブサイトである。「WebにLogする」のウェブログ (weblog) をブログ(Blog)と略称する。

 他の方のブログを見ると、覚え書きが情報公開してあったり、趣味や子育てやペットの事などが日記のように綴ってあります。

披露しがいのある趣味をお持ちの方のブログは、羨ましいほど充実しているようですが、私には披露するほどの趣味はありません。

成長著しい子供は毎日のように変化がありますから、私が子育て中だったら夢中になって綴っていたと思いますが、今や息子は大学生。ブログに夢中で綴るほどのことはそう起こるものではありません。

ペットも同じく、日々いろんな出来事があるのでしょうが…私が飼っているペットは熱帯魚。小魚群とパロットファイヤーの2つの水槽がありますが、飼育歴20年となった今は真新しい事もさほどありません。以前紹介したパロットファイヤーのパオちゃんについても、成魚になった今はもうそうそう変わったこともありません。

(因みに、パオちゃんに関する記事はこちら⇩)

hitsujigumo.hatenablog.jp

ならばもう、強いて伝えたいことがないのなら、潔く終了すればよろしい!

…なのに、くすぶっているのです。

きっとこの心のくすぶりが無くならない限り、私は独り言を続けるでしょう。

人生100年と言われる時代、自分が100歳まで生きるなんて考えられないけれど…御年54歳の今、復路は、まだ始まったばかりですからね☆彡

File46*右眼●ー*黄斑前(上)膜・回想録【8】術後7カ月~1年頃*OCT画像付き

ー*同じ黄斑前膜の手術をしたハルさんと共にFile1*術後1年3ヵ月】以前を振り返ります。初めての方は、先に ABOUT をご覧ください。*ー

f:id:white-ivy:20200317205656p:plain 記事の4月頃は、ちょうど関西の新型コロナ感染拡大が急増し医療崩壊の危機に瀕している頃でしたので、関西に住むハルさんも受診を控えていらしたようでメールの返信もしばらくありませんでした。5月には返信を頂いたのに、その後私の方が職場や実家で諸々よろしくないことがあり、体調もあまり良くなく、ブログに向かえない日が続くうちに8月になってしまいました。

強行されたオリンピックでは日本のメダルラッシュに沸く中、コロナ感染者数はこれまでで一番の上昇を続け…明と暗の東京に出勤している私の不安は増すばかりです。

しかし、私事はいずれも改善の方向に向かって来たので、遅ればせながらハルさんから頂いた素晴らしく順調な報告メールを紹介して元気をもらいたいと思います♡

以下ハルさんから頂いたメールです。⇩

(ハルさんは、2020/10 に私と違う眼科で左眼を手術されています。青字は私がハルさんにした質問です。)

4月末に予約を入れていた眼科の検診ですが、コロナの緊急事態宣言で、

延期しまして、まだ行ってないのです。

散瞳検査があるので電車で行くしかなく、通院を控えた次第です。

 

まずは、ご質問の回答からですが

 

 (⇩私がした質問⇩) 

 月も一つに見えますか?勿論、両目でメガネをかけた状態で。

 

手術前(コンタクトレンズ越し)から、上下に少しダブって見えることがありましたが

術後(メガネ越し)もほぼ変わりなく、少しだけダブって見えます。

ほんの少しだけですので、二重だと意識したことはないのです。

三日月がちょっと縦長に見えるなという程度なんですが。

 

(⇩私がした質問⇩) 

人の顔は今までと同じように見えますか?不自然に感じることはありませんか?こちらも勿論、眼鏡をかけた状態で。

  1. テーブルを挟むくらいの距離で対面している時の人の顔
  2. 2~3mくらい先の人の顔
  3. 遠くにいる人の顔と体のバランス(顔を見ると顔だけ大きく感じませんか?)
  4. スマホなどの写真の中の人の顔

 

これも、特に意識したことがないのですが

別段、バランスが悪いと思ったことはないのです。

大視症が残っていますので、全体に大き目で右上が若干縦長に映りますが

中央付近はほぼ正常に映っているように思います。

ですので、人の顔は中央で見る限り、どの距離であれ普通に見えております。

私が無頓着で気付かないでいるのかもしれませんが。

 

 (⇩私がした質問⇩)  

車の運転はされていますか?

もしされているとしたら、特に不安なくできていますか?

 

車は毎日、通勤に運転しております。

ドライブが好きなので、休日も出かけることが多いです。

術後しばらくは、メガネが合わず控えてた時期がありましたが

メガネを作り変えてからはまた普通に運転しております。

遠近両用のメガネのおかげで遠くもよく見えて、カーナビや手元もよく見えるので

以前のコンタクトの時より、快適になりました。

 

メガネは鬱陶しいですが、だいぶ慣れてきました。

最近、メガネを追加で作ったのです。

遠近両用1個で運転も仕事(主にパソコン)も家事もできるようになっていたのですが字を書く時、不自由を感じたので、メガネ屋さんに相談に行ったのです。

字を書くときは姿勢にもよりますが、下を向くと遠近両用の中央付近で見ることになり度数が合わなくて

メガネを上にずらすか、または裸眼で見ると見えるんですが、そうするとより近くでないと見えないので

首が痛くなったりと、かなりのストレスになっていました。

 

で提案してもらったのが、近々両用という近くに特化したメガネです。

中近両用とかも試したのですが、近々で仕事用に重宝しております。

 

裸眼で生活できることが理想で夢でしたが、メガネのおかげで日常過ごせることに

感謝しています。

(⇧以上、ハルさんから頂いたメールです。)

 

あれから更に、近々用メガネを作られて、用途に応じたメガネを使い分けることで視界に困らない生活を過ごしていらっしゃいました。

車の運転も問題なくされていますから、それも同じ黄斑前膜で手術を考えている人や術後まだ不安がある人の希望になる報告です☆彡

良かった!本当~に良かった!!

ここまで視界が安定されていたら、もう何も言うことはありません!!!

後は、この先、反対の眼の白内障手術をするときに両目で見た時のバランスがなるべく変わらないようよく相談されてから眼内レンズの度数を決めることができれば良いのです。かつてアプリコットさんが黄斑前膜手術の1年後に反対の眼の白内障手術をされて、よりよく見えるようになると思いきや、それまで安定していた両目で見た時のバランスが変わって、再び視界に戸惑う事態になったと聞きましたから。

アプリコットさんは60代後半でしたので、反対の眼の白内障手術もそう間を置くことなくされましたが、ハルさんはまだ50代後半ですから、今せっかく視界が良好でいらっしゃるなら、不自由を感じるようになるまではもう片方の眼の白内障手術も様子を見た方がいいように思います。

さて、ハルさんの画像はないのでこの頃の私のOCT画像を載せます。

既に前回折れ線グラフで示したように数値としてはあまり変化はありませんが、参考までに。⇩

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術後7ヶ月⇒10ヵ月⇒1年

 

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(術後7ヵ月⇒10ヵ月⇒1年)

断面写真では違いは分かりませんが、数値はほんの少し下がっています。

私は黄斑前膜の手術当時49歳だった為、白内障手術を同時にしませんでしたし、かつて受けたレーシック手術により遠くが見えていたので、白内障手術を同時にし近視で眼鏡をかけているハルさんとは、術後の見え方を単純に比較できないのですが、この頃の私の見え方を思い出してみます。

50歳以上の人が硝子体手術をすると1年以内に発症する確率が高いと言われていた核(硬化)白内障をもれなく罹っていたことで、右眼が近視になっていき、術後10カ月頃には近くがよく見えるようになりました。健常な左眼は遠くは見えますが老眼により近くは見えにくかったので、遠近で自ずと見える方の視界を優先させるモノビジョンになりました。

当時、モノビジョン、などという言葉さえ知りませんでした。鄭先生に言われて知ったのです。

そして、白内障を発症すると近視になる、ということも知らなかったので 、近くが見えるようになってきたことをとても喜んでいた私に、「…それは白内障が進んでいるのでね…」と、鄭先生はそっと仰っいました。

あんなに、なりたくない!と思っていた白内障に、近くが見える ♪ という好条件と共になってしまった。。。

右眼が再び疲れやすくなったり、夜間の電柱の灯かりに虹のような輪が見えたりしていたのが少し気になっていましたが、それが白内障の発祥のせいだとは全く思っていなかったので、驚きました。軽くショックのような感覚もありましたが、そうか、と思いました。

数か月前から、近くが見えるようになってきた ♪ と無邪気に喜んでいた私に、言いにくい事実をいつ告げるべきか?鄭先生は前々から言い兼ねていたのかもしれません。鄭先生の言い方に、私への気遣いの気持ちが伝わってきて、その気持ちが有難くて、スッと事実を受け止めることができました。

一呼吸置いた後、私は笑顔のまま、だいたいいつ頃手術することになりますか?と聞いたと思います。鄭先生は、長ければ1年くらいは持つと思うので経過を見ていきましょう、のように答えて下さったと思います。

硝子体手術の影響でなる白内障は、 老化によりゆっくり進む白内障と違い、数か月で近くが見えるようになるほど進行が早いということなのでしょう。

 でも、この時改めて思ったのは、伝え方の大切さ、です。

何事もそうですが、伝える内容は同じでも、伝え方によってその伝わり方は大きく変わるということです。とても難しい事ですが、大切なことだと思います。

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これは、私が、かつて職場での人間関係にとても苦しんでいた時に、気持ちのセルフコントロールに役立ててほしいと友達からもらったワンセルフカードのうちの一枚です。

裏返した状態で1枚だけ引くのですが、全部で30枚のメッセージカードがあるのに、不思議と同じものをよく引くのです。

そして、これも私がよく引いてしまうカードの一つです。

 …コロナ最凶期の今、政治家の方々にも、お送りしたくなりますね…。。。

 横浜相鉄ビル眼科医院 (横浜駅西口、神奈川県横浜市西区)

ー*執刀主治医:鄭(てい)先生*-

(注:鄭先生には、ブログ掲載の承諾を得ています) 

File45*右眼●ー*黄斑前(上)膜・回想録【7】術後3~7カ月頃*OCT画像付き

ー*同じ黄斑前膜の手術をしたハルさんと共にFile1*術後1年3ヵ月】以前を振り返ります。初めての方は、先に ABOUT をご覧ください。*ー

f:id:white-ivy:20200317205656p:plain 須作業だったこのブログの https化に長~い事手間取り、なかなか回想録を進められないでいるうちに月日が経ち…ハルさんとのメールも間遠になっていました。。。そんな訳で、前回の術後1カ月半から一気に術後6カ月になってしまったハルさんから頂いたメールです。⇩

(ハルさんは、2020/10 に左眼を手術されています。)

その後、特に大きな変化はありませんが、順調に回復しているようで、片目でチェックしておりますが、歪みはほぼ気にならなくなりました。

大視症はやや残っています。

両目で見る分には、自覚することはありません。

1月の検査で、矯正視力が1.2でした。

視力もほぼ回復し視界がクリアになりましたので、手術して本当に良かったと思っております。

 

メガネは遠近両用で有難いことに遠くも近くもよく見えております。

3回ほど作り直してもらいましたが、やっとストレスなく使えるメガネになりました。

白内障の眼内レンズの焦点距離は、30cmぐらいでしょうか、元々の近視の度数が少しだけ、減ったような感じです。左右差があまり出ない範囲でのことかと思います。

私も偽焦点が作用して、見える範囲が広がるといいのですが、まさに単!焦点のようで、焦点が合う範囲は狭いです。

 

ご質問いただいていた、大視症は、縦長というより少し右上がり気味で全体的に拡大された像です。

両目で2重にみえることは、意識したことはありませんが、片目でみると、たまに2重に見えるときがあります。

今日は見えずらいなと片目チェックしたときに、右目だったり左目だったり上下に二重にみえるときがあります。乱視の影響でしょうか?

でもたまにでる症状で、疲れ目なのかもしれません。

視力や乱視具合は、一日の内でも朝晩で変わりますし、体調や天候によっても変わるような気がします。

 

もう一点、術後に空気を入れた理由なんですが、聞くタイミングを逃して実は聞いていないのです。

説明では『うつ伏せになる必要はないが、術後2、3日は夜寝るときはできたら横を向いて寝てください。そう神経質にならなくていい、日中は気にしなくていいですよ。』とのことでした。

網膜剥離や黄斑円孔の手術で空気やガスを入れるのは剥がれた網膜を押し上げたり、穴を閉じる目的だったりと聞くので、黄斑前膜もできた肥厚や変形に圧をかけているのかなと勝手な解釈をしているんですが、どうなんでしょうね。

 

黄斑部の凹みが、ほんの少し現れたように思います。

数値のわかる資料は術前のものしかありません。

4月の受診後にまたご報告させていただきますね。

1月の受診の時、次回は半年後と言われたのですが、心配症なので3か月後の今月の半ばに予約を入れております。

というのは、左目の黄斑前膜発症時(前)に、飛蚊症があったのですが(術後は消えました)最近、右目に数も頻度も少ないですが飛蚊症がでるようになって、気にしております。

右目まで黄斑前膜や他の病気になったら怖いので注意しております。

1月の受診の際にも診てもらったのですが生理的なもので特に心配配ないと

言われたのですが、定期的に診てもらいたいと思っております。

年齢を重ねると、いろいろ心配事が増えます。

(⇧以上、ハルさんからのメールです。)

 私が、 https化という気の重~い必須作業に難航し長い事固まっていた間に、ハルさんは度数を3回も変えながらもストレスなく使える遠近両用メガネを作られて、良好な視界を手に入れていらしたようです。メガネが合っているから、右眼と左眼の視界が上手く融像出来ているのでしょう。「二重に見えることを意識したことは無い」とおっしゃっています。矯正視力1.2まで回復されて素晴らしいです!

術後3ヶ月時点でのOCT画像も見せて頂いたのですが、私の術後1カ月半と同じくらいの凹みが出来始めていました!ハルさんの病院では断面図の画像はあるのですが、数値を表した資料がないようなので、私との厳密な比較はできないのですが、見た目には、その頃の私の画像ととても良く似た形に見えます。出来始めた凹みがどこまで凹んでいくか、今後が楽しみですが、既に視界に満足していらっしゃるようですので、期待には及ばないのかもしれません。

ここで、分かりやすいようOCT画像を載せますね。

 ハルさんのOCT画像は載せられないので、今回も私の画像です。⇩

術後1カ月半⇒ 3カ月⇒ 7カ月

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眼で二重に見える時があるのは、私も乱視の影響でしょうと言われましたが、『白内障も、濁った水晶体の核が硬くなり、不正乱視を作るために二重に見える症状が出る』ようです。

最も顕著なのは、月を片眼で見た時です。私の場合、両眼で見ると、月は二重どころかハッキリ離れて2つに見えるのですが…それは困る事ではないので受け入れています。

飛蚊症に関しても、私も健常な左眼に少しありますが、普段は気が付きません。片目で空などを見ると分かるくらいです。黄斑前膜の手術時に硝子体を吸い取られた右眼は、今は体液で満たされているので飛蚊症はないよね?と思い、右眼だけで空を見てみるととても小さな塵のようなものがうごめいているのが見えます。左眼に見える物とは大きさも形も全然違います。手術後しばらくは無かった気がしますが…でもこれも何にも困ることは無いので気にしていません。

飛蚊症に関して分かりやすい記事を見つけたので参考に⇩

www.healthcare.omron.co.jp

さて、の術後3~7カ月頃はどうだったのか?思い出してみると…、白内障手術を同時にしていなかったので、その経過観察もあり毎月のように通院していました。OCT画像をご覧頂くと分かるようにの数値は順調に下がりその分凹みも少しづつ凹んでいっているのに、それに合わせて視界が改善している実感はなかなか感じにくかったように記憶しています。そしてその理屈に合わない実態に、気持ちも不安定になっていました。

この頃は、確か更年期障害が強くなってきていて、寝つきが悪く、眠りも浅く、長時間眠れないことに困っていました。ちゃんと睡眠が取れないのは網膜に絶対良くない!術後早いうちがより網膜が戻ってくれる時期なのに…眠れない場合じゃない!!と焦っていました。そんなとき、鄭先生に「視界が安定するには2~3年の月日を要しますので、一喜一憂されない方が…」と言われ、3年!と、その時は遥~か先の事のような衝撃を受けましたが…なのことはない、光陰矢の如し、今や術後4年半となりましたが。

術前から術後10ヵ月までのOCTの数値をグラフにしていたので公表します。初公開です!

サークル内の数値を、中心、内輪(=真ん中の輪)、外輪(=外側の輪)の3つに分けて、内輪と外輪は4つ数値があるので、足して4で割った平均値を出してグラフにしました。⇩

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こうしてみると、私の場合は、術後3ヵ月まではグッと下がり、その後は緩やかに下がっています。数値が上がっている時があるのは、検査の時に中心を見る位置がズレてしまった為のようです。3~5ヵ月間は、停滞しているのが見て取れますね。

見え方としては、少しでも暗いとやはり近くが見えないので、職場でも100均の老眼鏡をかけたり外したりして、ないと困るので、どこかに置き忘れないように気を付けていました。しかし、左右ともちゃんと度が合っているわけではなかったので、仕事で入力ミスをすることが何度かあり、ちゃんと合った老眼鏡を作ることにしました。網膜の戻りと共に視力も変化するのではないかと思い、一年間レンズ交換無料の zoff で作りました。

普段はメガネなしで過ごしていたのですが、手術した方の眼を鏡で見ると黒目が内側に寄ったように見えたり、人の顔がおでこから上を少し伸ばしたように縦長に見えることがあり、戸惑うこともありました。

目が疲れると鈍痛がするので、目薬を持ち歩いていました。

この頃は、術後の合併症である白内障になることが嫌だと思う気持ちが強くて、心も視界もとても不安定な時期でした。

しかし、その後、漏れなく白内障になり、視力が落ちることで、右眼だけ近くが見えるようになっていきました。それは、右眼で近くを見て、左眼で遠くを見る、モノビジョンという新たな視界を得ることになっていくのです☆彡

 

 横浜相鉄ビル眼科医院 (横浜駅西口、神奈川県横浜市西区)

ー*執刀主治医:鄭(てい)先生*-

(注:鄭先生には、ブログ掲載の承諾を得ています)

 

File44*右眼●ー*黄斑前(上)膜・回想録【6】術後1カ月半*OCT画像付き

ー*同じ黄斑前膜の手術をしたハルさんと共にFile1*術後1年3ヵ月】以前を振り返ります。初めての方は、先に ABOUT をご覧ください。*ー

f:id:white-ivy:20200317205656p:plain 回は、術後1カ月を過ぎた時のハルさんから頂いたメールから始めます。⇩

(ハルさんは左目を手術されています。)

 私のほうは、有難いことに順調に回復しているようです。

歪みも大視症も半減したように思います。

左目片目で見るとパソコンやタブレットの文字が波打って泳いでおりましたが、今はある程度、直線状に並んで見えます。

同じように、片目チェックは癖のように、あらゆるところでしておりまして通勤途中、鉄橋がみえるところで、通る電車が術前は電車がうねうねと波打っていたのが、ほぼ直線に見えるようになりました。

 

視力も徐々に回復しているようです。

 

気になっていた黒い浮遊物も見えなくなりました。

くっきりとしたものだったので消えるか不安でしたが、本当に良かったです。

 

当初、黒い物体が心配になりネットで調べたところ、

横浜相鉄ビル眼科医院の硝子体手術のQ&Aのページに以下のように載っておりました。

http://www.isao.com/vitdaysurgery.html

硝子体手術後に現れる『黒い小さなものは、炎症細胞や目の中の濁りのようなもので、時間と共に薄くなっていくと考えられます。』

このQ&Aを見て、だいぶ安心したものです。

 

空気を入れたことについては、術前から言われており理由については説明がなかったので特に疑問を持たなかったのですが、黄斑前膜の手術の体験記などを見る限りあまり症例がなかったので、後からふと疑問がわきました。

来週、診察に行きますので尋ねてみようかと思います。

 

白内障の眼内レンズに関しては、

焦点距離はもっとよく考えるべきだったなと後悔しております。

手元に合わせた今、元々の生活ではありましたが、日常生活でメガネ、コンタクトなしでは生活できないので欲が出て裸眼での日常生活が実現できたら、どれほど快適だろうと少々後悔しています。

(ここでいう日常生活とは、歩いたり家の中での家事やテレビをみたりという手元を見る以外の生活です。)

 

眼内レンズを決めるときは、黄斑前膜のことばかりに気をとられておりましたので、

なるようにしかならないと運任せのところがありました。

白内障手術の体験記で、焦点を手元にあわせても、中間距離はそこそこ見えるように書いてあったのを見たものですから、もう少し見えるんじゃないかと期待していたところもあります。

  

近い将来?右目の白内障の眼内レンズを入れるときがきたら、モノビジョンも視野に入れ検討したいと思います。

白内障のレンズ選びは一発勝負になりますから、もっと慎重になるべきでした。

まずは、心配されていた クッキリと見える黒い浮遊物などがなくなり順調に回復されているとのこと本当に良かったです♡ ハルさんは他院で手術されていますが、横浜相鉄ビル眼科のQ&Aに救われたなんて…大高先生の膨大な情報提供に感謝です♡

私も、今は黄斑前膜だった右眼をつむり正確な形で見える左眼でチェックする癖がついていますが、術後しばらくの間は手術した眼だけで術前の見え方と比べるということをよくしていました。いつも見ているもので比較して、術前よりも歪みが減ったのを実感したり、膜が取れてクリアに見えるようになったから2重に見えるものも出てきたりしていました。その頃は、駅の流れる電光掲示板が2段になって流れて見えたり、駅の時刻表がごちゃごちゃして見づらかったのを覚えています。

その頃の楽しかったことを一緒に思い出したので、少々お話致します。

ちょうど弟に子供が生まれ、お宮参りで両親が来ていたので、私も同行しました。生まれたての時は壊れそうなくらいに小さかった姪っ子が3カ月でしっかり成長していたので「大きくなって~♡」とみんなで姪っ子を囲んだ瞬間、ベビーカーに収まったまま身動きの取れない姪っ子はニッ満面の笑みを見せたのです。それが瞬時に、あまりにも満面の笑みだったのが可笑しくて、一同でどっと笑ってしまいました。そばにいた弟曰く「エンジェルスマイルって言って、周りの人に愛されて生きていく為の生理的反応なんだって」と。調べてみると、生後3カ月頃までによくある生理的現象で『3か月微笑』と呼ばれることもある、とあります。しかし、微笑を越えた、笑いを取るほどの満面の笑みを見せてくれた姪っ子に早くも大物の予感がしながら、とても楽しいお宮参りになりました。

私が息子を産んだときはそんな言葉知りませんでした。…微笑?…そういわれると、息子は生まれた時からずっと人見知りがなく、誰にでもニコニコしていました。抱っこしている又はベビーカーを押している私にはその表情は見えないのですが「可愛いわね~♡愛想のいい赤ちゃんね~♡」とよく外出先で知らない人に話しかけられていましたっけ…。なのに、今はむしろいつも仏頂面。う~ん?

そしてお宮参りの後日、両親と東京スカイツリーに行くことにしました。息子は社会科見学で行ったことがあり、平日で学校があったので両親と私の3人で、私も初めてのスカイツリーでした。スカイツリーから夜景を見たいので、その前にどこか散策できるところへ…と浜離宮恩賜庭園に行きました。秋空の下、天気も良く広い庭園をゆっくり散策していたら、偶然、庭園内から隅田川を北上する船が出ていてスカイツリーの側まで行けることを知り、それならば!と船に乗っていくことにしました。船は意外に大きくて修学旅行の学生や外人さんも多く乗っていて、船から見る東京の街並みは電車から見るのとはを違い、一気に観光気分が盛り上がりました。船を降りてから、当時まだスマホを持っていなかった私は立て看板の地図を記憶しスカイツリーまで歩いたのですが、近くまで来ているはずなのに、大きくてすぐ見つかりそうなその姿が見えず、間違えたかな?と思った途端、建物と建物の間にいきなりドーンとスカイツリーが現れました。それはそれは見上げるとふんぞり返りそうなくらいで、大木を見上げるアリになったような気持ちで3人で「わーっ!」と驚いた、笑ってしまいました。上階から見る東京の夜景もキレイでしたが、地上から生で見る夜のスカイツリーの方がずっとキレイでした°˖✧

そんな楽しい記憶の方が印象に残っていて、浜離宮の景色はどんな風に見えたのか?とか、スカイツリーの夜景はちゃんと見えたのか?という厳密なところまでは覚えてないのですが、そんなに不満を抱いた記憶はありません。昼食を取るのに入った海鮮屋さんが薄暗くて、メニューが見えず老眼鏡をかけた覚えはあります。手術前から持っていた100均の老眼鏡でしたが、老眼鏡をかけたということは、それを想定して老眼鏡を持ち歩いていたのでしょうから、少しでも暗いと老眼鏡がないと見えない状況だったということでしょう。

 

術後1カ月半の私のOCT画像を載せますね。⇩

術後3週間⇒ 術後1カ月半:正常な左眼

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よーーーく見ると、術後1カ月半、いえその前の術後3週間の画像も極わずかに凹みができ始めています。その後少しずつもっと凹んでくるのですが、ただ、凹みがあるのとないのとで、どれほど視界に違いがあるのかは分かりません。

 ハルさんは、白内障のレンズを反対の目に合わせて近くにしたけれど思った以上に中間距離が見えずに不便を感じていらっしゃるようで、今後モノビジョンも考えたいとおっしゃっています。

現在モノビジョンの私から申し上げると、黄斑前膜の術後に両眼近くが見えている人が眼鏡をかけてどんな風に見えているのかが分からないので、どっちが良いかは分かりません。黄斑前膜のモノビジョンは、近く~中間距離は比較的見やすいですが、遠景は(主に外は明るすぎる故)文字は読めますが、景色全体は2重に見えるものが出てくるためシャキッとしないなど、健常眼のモノビジョンに比べて視界に違和感があり不完全です。それでも、家の中で家事をしたり、会社の事務所内で仕事をしたりする分には眼鏡なしでほぼ見えますし、太陽光よりは抑えられている室内では見え方に違和感もないので私は満足しています。

しかし、これもまた、目に見える比較が出来ないのが難しいところなのです。。。

 横浜相鉄ビル眼科医院 (横浜駅西口、神奈川県横浜市西区)

ー*執刀主治医:鄭(てい)先生*-

(注:鄭先生には、ブログ掲載の承諾を得ています)

 

桜の開花🌸とともに…http ⇒ https に切り替え成功 ♪ …そして後日、謎の”1”消える ♫

f:id:white-ivy:20200225142710p:plain とも呑気な私は、去年の秋にようやく必須作業だと知りながらも…私にとっては難題な故に半年も放置していた https化SSL化)を春の陽気とともについに成し遂げたのです!

ばんざ~い!!

httpsへの切り替えを知った時の記事は以下⇩ 

hitsujigumo.hatenablog.jp

 結論から言うと、混在コンテンツエラーにはなりませんでした。。。

URLの左側にあった≪セキュリティ保護なし≫という表示はなくなり、全記事ざーっと見たのですが、どのページにもしっかりと鍵マークがついています。

心配していた、 http のままのかかりつけ眼科のURLを貼り付けているページも混在コンテンツエラーにならず鍵マークが付いています。そのURLをクリックすると、ちゃんと横浜相鉄ビル眼科のHPに飛び、横浜相鉄ビル眼科のURLの左側に≪セキュリティ保護なし≫はついたままですが閲覧はできます。他にも http のままのURLを貼っているページもありますがエラーにはなっておらず、クリックするとやはり同じように飛んでURLの左側に≪セキュリティ保護なし≫とついたままですが閲覧はできます。

なぜ?…私の混在コンテンツエラーの理解が間違っていたのかしら?

混在コンテンツエラーとは、https化後にそのページ内のどこかにhttpがあると「httpという危険なコンテンツが混ざってますよ!」ということで、私のブログのそのページのURLに≪セキュリティ保護なし≫の類のものが表示され、その文面中のhttpのものは真っ白になって表示されないか、表示されていたとしてもURLをクリックしてもエラーになって開けなくなるのでは?と心配していたのですが…そうはなりませんでした。

そんなこんなで、混在コンテンツエラーになったらちゃんと修正できるのかが怖くてなかなか手を付けられず、いろいろ調べているとその対処方法だとかで 『開発者ツール>検証>console』というのを開いてみると何だかぎょうさんエラーのような警告表示が出てきてもう…!理解不能のあまり、しかめっ面のまま固まるしかなく、気が重くなるばかりでした。。。

結局、バックアップを取って、公開しない同じブログを作り確認してから実行しました。と言ってもバックアップを取るのも初めてで、ダウンロードしたのをどうやって新しいブログに戻すのかも分からなくて、調べて調べて…でした。

そのやり方は、

.設定>詳細設定>エクスポート記事のバックアップと詳細設定>ダウンロード で自分のPCにブログの中身をダウンロード。エクスプローラーの中のダウンロードに見た目はHTMLの形で入ります。

ダッシュボード>新しくブログを作る より自分だけに公開を選択し手順に添って新しいブログを作ります。ダッシュボード>インポートブログデータをアップロードファイルデータを選択をクリックするとエクスプローラーが開くので、ダウンロードの中のバックアップ記事を選んで開けば完了です。

但し、ヘッダやフッタなどに追加で貼ったHTMLテーマ(私はMinimalismなのですがブログの見た目を決めるものです)は一緒にダウンロードされないので、HTMLは公開している元ブログからコピペする必要があります。テーマはデフォルトで作られるのでデザイン>デザインテーマから変更できますが、私は現在のデフォルトのデザインが気に入りそのままで試してみました。

、この現在のデフォルトが2019.1~出ているSmoothなのですが、これが私のブログにとっても合っていてテーマを変えようか散々迷うほど素敵で私の好みなのです°˖✧

背景は変更しています。部分的に明朝体が入っていて、全体のバランスが品よくまとまっています⇩

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⇧ スクショの貼り付けは画質が良くないので伝わりにくいのですが、PCで見ると背景の色もシルバーと薄紫の間のような色でとてもキレイなのです°˖✧

のはあまりにも真っ白で、PCではただただ白さが広がっているのですが、羊なんだから、雲の中にいるんだからあえて真っ白なの!と納得していた私の心は大きく揺さぶられました。

但し、このようにタイトルが明朝体で出るのはPC上だけで、背景の柄がタイトルバックにある違いはあるものの私のスマホアンドロイドでは表示上は現在のMinimalismとほぼ同じなのです。調べると、アンドロイドはそもそも明朝体自体を持ち合わせていないのでゴシック体に代替表示されるようなのです。では、iPhoneなら?と、試しに息子のiPhoneで見てみると、iPhoneではちゃんとPC同様に明朝体で表示されていました!

他には、ナビゲーションメニューバーの表示がMinimalismのHTMLではうまくいきませんでした。タイトルの下でバーにならず縦に出てしまいます。

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このように出るのは、CSSで表示の仕方を入れていないからだというのを見つけ、それらしいコードをコピペしたりしましたが変わりませんでした。

これができないのでトップ画面が記事一覧にならず、ユーザーとしては操作性が悪くなります。このSmoothでナビゲーションメニューバーを出している人もいるので、散々調べたのですがやり方が分からず断念。私のブログはカテゴリーが2つしかないから、ナビゲーションメニューバーなしでもいいような気もするのでそのうちSmoothに変更するかもしれませんが。

さて、話をhttps化に戻しますと、

現在は、はてなでブログを作るとURLが自動でhttpsで作られるので、バックアップをダウンロードした時点でまずホームがエラーかどうか分かるのですが、ダウンロードしてみると…鍵マークはちゃんと付いていました。その後、ヘッダやフッタなどに追加で貼ったHTMLも同じように全てコピペすると…鍵マークは付いていましたが、先ほど言ったナビゲーションメニューバーが上手く表示されなかったのと『上に戻るボタン』(右下の隅に張り付いている小さい矢印)が表示されているのにクリックしても動かないという不具合が出ました。追加で貼ったHTML内の自分のブログのURLを新しいブログのURLに変更し、http⇒httpsにしたら『上に戻るボタン』はちゃんと動くようになりましたが、ナビゲーションメニューバーは修正できなかったのでその部分のHTMLは削除しました。

このようにして非公開ブログで試してみて、これならきっと大丈夫!と思い、本日ようやくえぃやっと切り替えたのです。切り替えは簡単、クリック一つです。

結果、どのページにもしっかり鍵マークが付いていましたが『上に戻るボタン』だけ同じように動かなかったので、そこのHTMLのhttp⇒httpsにしたらちゃんと動くようになりました。修正したのはそこだけです。

あ!もしかしたら、混在コンテンツエラーとは、文面ではなく追加で貼ったりしたHTML内にhttpがあると正しく動作しなかったり正しく表示されなかったりする、ということなのかしら!?

因みに、ブログをhttps化する前に文面に貼り付けていたhttps化されていないURLにsを付けてクリックしてみたら、飛んだ先で当然の如くエラーメッセージが出てページは表示されませんでした。そんなURLはないよ!ってことでしょう。でも逆にhttpのままの私のURLをクリックするとちゃんとhttpsになった私のURLにアクセス出来るのです!

 

混在コンテンツエラーが怖くて踏み出せないでいるお方、

もし不具合が出ても、HTMLを追加で貼っている場所、デザイン>カスタマイズ>のヘッダフッタデザインCSSか、設定>詳細設定>の中のheadに要素を追加読者になるボタンの中の http⇒https にしたらきっと大丈夫 ♡

それでもダメだったらそこを削除するしかないけれど…参考になればと思います

 

あーこれで一つ、気が楽になったっ

追記:ブログタイトルの『羊雲』をデフォルトSmoothのような明朝体にしたくて調べまくって試すも試すも上手くいきません。余白とのバランスなのでしょうが、スマホだとゴシップでも気にならないけど、パソコンだと明朝体の方が俄然いいっ°˖✧

せめてもの気晴らしに…メニューバーに薄~く色を付けてみました。。。

 

追記2:2021/3/30 文中随所により詳しく加筆致しました。そして、メニューバーの左上に長らく張り付いていた謎の”1”の消去に成功しました!

⇩ 4年以上も謎の”1”が張り付いていた以前のブログ画面。

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今回の http化作業でHTMLを何度も張ったり消したりして、Smoothでメニューバーが上手くいかない画面を追加で貼り付けたりしているうちに…気が付きました。位置からしてここしかない!と思いメニューバーのTHMLの一番最初の1を消したら、ブログ上からもなくなりました!!でも…2~7はSmoothでのエラー画面上には出ているし、HTMLにも残っているのに、なぜかこちらのMinimalismブログには出て来ないのです。ちゃんとHTMLを勉強しないと分かりません。

あと、なんとなく以前より字が小さくなったような?字を大きくするコードが利いてないのかも??スマホだと大きめの字は改行が増えるので返って読みにくいけれど、PCだとすごく小さく感じるので、そこが難しいところなのですが…。

File43*右眼●ー*黄斑前(上)膜・回想録【5】術後3週間*OCT画像付き

ー*同じ黄斑前膜の手術をしたハルさんと共にFile1*術後1年3ヵ月】以前を振り返ります。初めての方は、先に ABOUT をご覧ください。*ー

f:id:white-ivy:20200317205656p:plain 回の術後1週間の記事に肝心な見え方について全く書いていませんでしたね。膜が取れた分、視界はスッキリして見えやすくなったと思いますが、細かいことはよく覚えていません。この視界が言わばスタートで、これから網膜がしっかり戻るよう最大限に努力していく気に満ちて張り切っていましたから、常に今の視界は通過点という気持ちでした。

回想録がなかなか進まないのは、その頃の細かい記憶をもう忘れてしまっているからで、特に見え方については術後数か月は変わっていくので、記憶は途切れ途切れに曖昧になっています。ですので、ハルさんから頂いたメールを読んで何とか記憶を蘇らせようとしています。

まずは、以下ハルさんから頂いたメール術後3週間の様子です。⇩

手術してちょうど3週間になります。

1週目と特に変化はないですが、硝子体のにごりが減ったような気がします。

明るいところでしか見えなかったものですが、薄い灰色の粒上のものが雪にようにふわふわ降っていたんですがそれがほぼなくなりました。

それとは別で黒い大きめの浮遊物はまだあります。

視界の端っこのにょきと生えた草(枝)のようなもので、

意識しないと見えないですが、これが今の心配事です。

できれば消えてほしいです。

先週の土曜日に術後3回目の検診に行って参りました。

矯正視力は0.7ということでした。

私的には1.0ぐらい見えているような気がしたのですが。

OCTを術後初めて撮ってもらいました。

盛り上がったところは、平になりつつあるようですが、

厚みはまだまだありますし黄斑部分の凹みはありません。

画像添付しましたので、よろしければ見てやってください。

手術直前のものも添付します。かなり悪化しているのがみてとれると思います。

手術直前のOCTは、最初に診てもらった眼科で撮ってもらったものです。

手術してもらった眼科では、このようなマップ形式の3Dや体積か高さの数値がわかるものはなく白黒の断面の画像のみです。

OCTにもいろいろ種類があるようですね。できれば今後も3Dや数値で経過を知っておきたいのですが、以前の眼科に戻ることはないので、仕方ないですね。

現状、術前からある大視症と歪みはまだありますが、幾分軽減されたように思います。

なにより、膜が取れたこと、進行を抑えられたことを喜ぶべきことです。

視界の中央付近にあった霧が晴れてクリアに見えることが、うれしいです。

どこまで回復するか分かりませんが、生活習慣を整え、サプリなども取り入れ、焦らず回復に努めたいと思います。

あと、眼内レンズ(近距離)を入れたので、調整ができない分、メガネを何本も作らないといけないなと思います。

手元は裸眼で、パソコン用、普段用、運転用と最低でも3種類は必要な気がします。

先日の受診の際、メガネを作るのはまだ早いとのことなので今はとても不便です。

長年コンタクトでしたが、この機会に普段はメガネで、特別な時だけコンタクトにする予定です。

ハルさんは、病院のやり方でガスを入れられたのでそれによる術後の症状がまだ心配なようですが、膜が取れたことでもう症状が進行することはないこと、視界が晴れてクリアになったことをとても喜んでいらっしゃいます。

症状が進行している時の不安と手術に対する恐怖から解放された喜びは、それを体験した私には痛いほど分かります!ハルさんと手と手を取り合って歓びたいくらいです!!

こちらにはハルさんのOCT画像は載せられないのですが、とてもキレイにフラットになっていました。私の術後3週間の画像と比べると、ハルさんの方が黄斑部の高さが薄くなっていました。(アプリコットさんも術前は私よりも盛り上がっていたのに、術後は私よりも厚みは減っていました。)

私のOCT画像をご覧ください。⇩

手術翌日⇒ 手術後3週間:正常な左眼

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手術翌日の検査では中心を見ることが出来ていないので正確な比較にはなりませんし、写真では分かりにくいのですが、数値は全体的にすごく下がっています。
しかし、網膜の黄斑部は元々の形が凹んでいますから、フラットでは大きく見えてしまうようで、程度の差はあれど歪みも伴います。近距離が大きく見えるのは、老眼で近くが見えにくくなってきた私には便利に働きますから、黄斑前膜の後遺症が『小さく見える』でなくて良かった!と思うのですが、黄斑前膜を患う人は近視の人が多いようなので近視の人にはその実感はあまりないかもしれません。ハルさんも近視です。これを機会にメガネをいくつも作らなくては!とおっしゃっています。

メガネがなくても済むかも?という願望も込めてモノビジョンにした私も、パソコン用と極近距離用の2本は作ることになりました。以前は、メガネを何本も使い分けるなんて大変そう…と思っていましたが、今は、かけた方がぐっと見やすくなるので、メガネがあった方がいい!と思うようになりました。メガネに関しては、黄斑前膜ではない人も年齢を経ると用途に応じていくつも作る人もいますが、黄斑前膜の人は術後の視界に合ったメガネが作れるかどうかがこれまた大変なのです。

そして、視界が少し安定してきてメガネを作れるようになるまでの間も生活していますから、それまでも日々大変だと思います。私の場合は、正常な左眼は遠くが見えますので日常生活で困ることはなかったです。右眼の矯正視力も術後3週間検診で1.2まで上がっていて、術前は老眼鏡なしでは字が読めなかったのに、老眼鏡なしでも字が読めるようになりました。(これは後々白内障が始まり、また白内障が進行すると変わってくるのですが。)

術後3週間頃に一番よく覚えているのは、あの頃参加していた読み聞かせの集いで、見え方が安定しない中で頑張って字を読んだり絵を見たりしているうちに頭痛がしてきて気持ち悪くなってしまったことです。術後早いうちほど網膜の戻り方も大きいので視界は不安定なのに、その時に一生懸命見ようとしたことが脳にも負担になったのでしょう。

この頃は時々頭痛肩こりがありました。

明るくないと字は読めないのに、明る過ぎると遠距離や視界全体の見え方に違和感が生じたり、見る物の大きさや距離で見え方が変わるという何とも複雑な視界に脳は随分と混乱していたと思いますが、気持ちだけは前向きに張り切っていました。

ちょうど新聞で「レジリエンスを鍛える」という外科医のコラムを読んだのです。
この先生の経験上、希望を持っている人は回復力が強い、とありました。
レジリエンスとは逆境に対する身体や心の回復力だそうで、私は俄然勇気が湧いてきました!…その後、レジリエンスは鍛えて、というより鍛えられて強くなることを実感するのですけどね。。。

 横浜相鉄ビル眼科医院 (横浜駅西口、神奈川県横浜市西区)

ー*執刀主治医:鄭(てい)先生*-

(注:鄭先生には、ブログ掲載の承諾を得ています)