羊雲

復路の羊のふんわりノート

File15*右眼●ー*黄斑前(上)膜の術後*白内障手術の延期!

ー*黄斑前(上)膜手術当時49才だった為、白内障手術を同時にしなかった私の場合*-

横浜相鉄ビル眼科医院 (横浜駅西口、神奈川県横浜市西区)

 ー*執刀主治医:鄭(てい)先生*-

今日白内障の手術をする予定でしたが、来週に延期になってしまいました。。。

朝方の大阪で起きた地震の影響で新幹線が止まり鄭先生が新幹線に缶詰めになってしまい、いつ運転が再開されるのか分からないとのことで、急遽、このままいつこちらに到着できるか分からない鄭先生を待って手術してもらうか、来週に変更するか、という選択を迫られたのです。

 11時台の手術の予定でした。朝9時には受付をするよう言われていて、普段の出勤時より早く家を出る為、バタバタしていてTVも付けなかったので、医院でスタッフさんに言われるまで地震のことは知りませんでした。普段の定期健診は午後3時頃に行っているので、朝9時の医院は久々で…相も変わらず廊下の奥の方まで人がいっぱいでした!…聞こえてきたところによれば、大高先生も新幹線で足止めをくらっているとかで、とりあえず特急コースの先生のみで診察をするとのことでしたが…朝一からあふれんばかりの患者数、本日は鈍行になるのは必至でしょうから帰る患者さんもチラホラ。私も定期健診ならさっさと後日に出直しますが、手術ですから、翌日、翌々日、週末…と術後検診のために仕事の休みをスケジュールしていましたし…さあ、どうしましょう?と、しばし考えました。その間、近くにいた手術の患者さんが、スケジュールの調整がきかないから今日でないと困る、とか言っているのが聞こえてきます…。鄭先生がどの辺りで缶詰めになっているのかは分からないけれど、相当かかりそうだなあ…きっととてもお疲れになっていらっしゃるだろうな…と思うと、無理に今日してもらうより後日ベストコンディションでして頂いたほうがお互いのためにいいかな、と考えました。でも手帳を持ってこなかったので、まずは来週の仕事の予定を思い出します。そもそも肝心の来週の月曜が休みだったかどうか…?そうよ!術後検診のために月・火とお休みを取っていたのを思い出し、その後は連続勤務だけど…まあ、どうにかなるだろと、来週手術をすることに変更しました。

帰宅後、TVを付けると震度6弱と大きかったようで被害状況をずっと放送していました。午前授業で大学から帰ってきた息子と一緒に昼食を取りながら、1時前に新幹線の運転が再開されたことを知り、鄭先生は何時に医院に到着できるんだろう?長時間新幹線で座りっぱなしの後、手術されるのは大変だろうなぁ…(私もかつて、乗った新幹線が台風の影響で動かなくなり、朝まで過ごして辛かった記憶があるので、座っていても長時間同じ姿勢というのは結構疲れることはよく分かります)などと思っていると、急~に食後の睡魔に襲われ、そのままベッドで2時間も爆睡してしまいました。。。

というのも、私はお風呂上りに和室の窓辺で空を見上げてよく涼むのですが、昨日も寝る前に和室から夜空を眺めながらふと、右眼の水晶体に、これまでよく働いてくれたね!あなたのお陰でこれまでいろんなものを見てこれたよ!とお別れの気持ちが湧いてきて、涙が出そうになるのに出なくて…そんな気持ちの微妙な高ぶりのせいか、眠りが浅かったのです。(水晶体…、水晶のように透明だから?細かく砕かれるのではなく、きれいに取り出してもらえるのなら、見てみたいなぁと思う。)

今回の手術、鄭先生はまだ急がなくても大丈夫とおっしゃって下さっていたのに、手術する気になったのは、見えにくさが少しずつでも進んでいるのを自覚する中で、持っても1年弱というカウントダウンのような状態での時間の経過が負に向かっているように感じ、心がどんどん縮まっていくようで、嫌だったのです。治る可能性があるのならその努力をするけれど、徐々に悪くなるしかないのなら、何だか小さな爆弾を抱え続けているようで、それが嫌だったのです。そういう感覚が背中を押したのです。

地震で手術が来週に延びたこと。最初は、ま、そんなこともあるさ!くらいに思っていましたが、地震で多くの方が怪我をされていること、亡くなった方もいらっしゃるのを知り、ともかく鄭先生がご無事でよかった!と今夜も和室から夜空を眺めながら、思い直したのでした。。

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