14年ぶりに…車の運転を復活しました🚙
私にとっては,、とても驚くべきことだったのです!
8年前(…8年!もうそんなに経ってしまった。。。そう思うのはやはりコロナという停滞していた3年のせいでしょうか…)に右眼の黄斑前膜の手術、その後白内障の手術をし、現在右眼の視力は0.2~0.1。手術直後より少し下がって落ち着いたようです。15年前にレーシックで遠くが見えるようになった左眼の現在の視力は0.9。毎年会社の健康診断で視力を測りますが、手術直後より現在はどちらも少し落ちています。
右眼で近くを見て、左目で遠くを見るという…ほぼモノビジョンに変わりはないのですが、右目の視力が落ちた分より近くが見やすくなり、通勤電車内での読書は文庫本でも眼鏡なしで読めるようになりました。
しかし、明るすぎたり見る物の距離によっては二重に見えることがあることも変わりません。なので、こんな見え方で車を運転することにずっと不安を持っていました。
以下数年前の過去記事にその迷いをつづっています。
迷いながらも、旦那の一言で…免許の更新だけは続けていました。
(旦那の一言で…というとどんな素晴らしいことを言われたのか?と思われるでしょうが、うちの旦那はそんなことを言ってくれるタイプではありません。どちらかというと、いえ明らかにいつもテキトーなことしか言いません。おそらくこの時のことも覚えてないでしょうが、この時の私は珍しく旦那のその一言に乗る気になり…とういか藁にもすがる思いだったのでしょう、免許の更新を続けました。結果、免許の更新をしていて良かった!しかし、旦那にこれを言うと「まあ、オレの言うことに間違いはないから!」と調子に乗るので言いませんが…)
さてそもそも、幸い?車は眼の手術をするずっと以前に手放していたので、運転する機会がなく過ごしていました。が、GWに実家に帰った時、それは突然やってきました!
今回は久々に旦那と息子と3人で帰ることにしましたが、私だけ一足先に実家へ。実家は山口県宇部市です。いつものように車で迎えに来てくれた父が、突然「家まで運転せえや」と言うのです。今回私達家族3人と父と母の計5人では、実家の軽自動車に乗り切れないので、少し大きめの普通車を借りる予定にしたそうです。その車を明日、母がいないときに取りに行く予定だから、2台の車で家に帰る為にもう一人運転手がいると。なので今、父が助手席にいるときに練習を兼ねて運転してみよと。。。
そんな軽い理由で、14年ぶりに運転する機会がやってきたのです!
突然の提案に驚いて「えっ!?…でももうずっと運転してないし…」と戸惑います。。。
だったら、早く言ってよー!…あ、そういえば高齢の父の運転で遠出は危ないからみんな免許証を持ってくるようにと言ってたな~、と思い出します。免許証はいつも財布に入っています。でも、母も普段運転しているので、母がいる時に母と車を借りに行けばいいのでは?…と考えます。
うちに久しく車がないので、私がずっと運転していないことは父も知っています。私がかつて眼の手術をしたことも父は知っています。しかし、その後の見え方までは詳しく話していませんから、私がそっちの方が不安だと思っていることは知りません。
が、ここは決断の時が来たのだ!と肚をくくりました!!
この見え方で運転するのは不安がある…と父に言っても、父をも不安にするだけなので言いません!!!
いざ!14年ぶりに…よりも、この見え方で初めての!運転に気合が入ります!!
運転席に座り、座席の位置を変え、ミラーがちゃんと見えることを確認。勿論オートマですが、アクセル・ブレーキ・サイドブレーキ・ウインカー等々を確認。右足だけを使ってアクセルとブレーキを踏むのよね?左足はここに置いといて何もしないよね?と父に基本のキを確認。そして、エンジン。最近(いや、もう随分前から?)の車はエンジンのかけ方から違うことに、まず驚きエンジンボタンを指で押します。ブルルンッというものの、なんだか軽い。…かつての、キーを差し込んで回していたやり方のほうが、エンジンをかけた!という重々しい感じがするな~とそこから遅れをとります。
まず、ブレーキを踏み、ブレーキの固さの感触を確認。サイドブレーキをといて、ブレーキから足を外し、アクセルをじわ~っと踏みます。ハンドルをにぎる手に力が入ります!空港の広い駐車場をぐるぐるとゆっくり進みながら、公道に出ます。
集中力MAXです!!
運転は広範囲に前を見ながら、バックミラーやサイドミラーも確認するので、改めてずっと目をあちこち動かしていることを実感します。最初の信号を右折、しばらく行った先の信号も右折しているうちに…感覚を取り戻してきました。
普段電車に乗っている時、電車が走っているときの方が景色が見やすいのは感じていました。動く景色は両眼視で融像する間もなく変わるので、脳はよく見える方の視界を優先してくれるようです。運転中も二重に見えることはありませんでした。信号停止している時も、集中力が増しているからか、視界に問題は感じませんでした。空港から家は近く、わずか10分ほどです。元々運転は好きですから、最後はもう少し運転したいかも♪とおっかな興奮しながら…無事家に着きました。
その翌日も、車屋から実家まで一人で5分程度運転しました。後日旦那が来てからはずっと旦那が運転したので、私の運転はこの2回きり、合わせても15分程度でしたが、手術後のこの見え方でも運転できるんだ!という大きな自信を持つことができたのです!
父は85才になりました。身体を動かすことが好きで、80才を過ぎても1日6キロくらい毎日歩いていました。それが歩き過ぎだったのか、3年前に片足の付け根に痛みが出るようになり、ある日激痛で動けなくなりました。病院へ行くと、骨がすり減って神経に触っていることが分かり手術をすることに。手術は成功し、長距離でなければ杖を使わなくても普通に歩けますが、しゃがんだり正座をしたり走ったりすることはできなくなりました。ゴルフもできなくなりましたが、近所の人達と毎朝グランドゴルフに行っています。
父は前立腺がんも患っています。
私が知ったのは2年前ですが、それよりずっと以前から診断は受けていたようです。子供に心配をかけたくないと、私と弟にずっと内緒にしていたのです。2年前、電話でそのことを父から聞いた時、私は電話口でぐずぐずと泣きました。すると父は「じゃけー、言いたくなかったそいや」と不機嫌そうに言いました。子供の頃から父に叱られて私が泣くと、余計に怒っていたことを思い出し、必死で涙を止めようとします。
子供の頃と言っても中学生くらいまでは、父は怒ると大きな声で怒鳴るので、その大声が怖くて涙が出ていました。なぜ怖いと涙が出るのでしょうか?怖いというストレスを涙とともに外に出しているのでしょうか?怒った父の顔も赤鬼のようで、勿論顔を見ることもできず、泣く私に「泣くな!」と更に怒鳴るので、余計に涙が出ます。泣きたくて泣いているんじゃない!泣かしているのはお父さんじゃん!と思っても言えず、涙を止めようとしても止まらなくてとても困りました。父が怒るのは、大抵、勘違いだったり、弟も同じことをしているのに私が女だからという理由で私だけ怒られるという理不尽だったりしていたのですが、怖くてそれを伝えることができない悔しさや悲しさも涙になっていたんだと思います。
話が逸れましたが、前立腺がんはすぐに命に関わるがんではないそうです。薬で治療をしているので家にいます。排尿がやや困難ですが、それ以外は普通の日常生活を送っています。食欲もあり元気そうに見えるのですが、血液検査の数値が徐々に悪くなってきて、その分薬を強くしている副作用なのか、だんだんと疲れやすくだるさが増してきたようです。
母は81才で持病もなく元気ですが、高齢ですからこの先は心配です。。。
でも、だからこそ、元気なうちに今を一緒に楽しむのです♪
コロナも5類になり1年経つので、本当はGWに両親をこっちに呼んで、あしかがフラワーパークの大藤を観に行きたかったのですが…もうこちらに来るのは父が体力的に無理だと言われ、私達が揃って帰ることにしたのです。
湯元温泉に泊まり、角島と、元乃隅神社と、ときわ公園に行きました。


角島大橋は、欄干が低いので見晴らしがよく海もとてもきれいなのでCMでもよく使われています。いつ行っても気持ちが良いです♬
⇧ 4年前のCMです
⇩ 元の住神社


こちらも日本海がきれいです✧˖°
そして、宇部といえば、ときわ公園。
ときわ公園は、遊園地と動物園と植物園と広場、湖があります。
小さい頃から数えきれないくらい行っています。息子が生まれてからも帰省の度に行きました。
動物園は猿中心で小規模ですが、数年前にリニューアルし楽しくてオシャレな空間に変わりました。
遊園地も小規模ですが、私も息子もここで沢山遊びました。
広場と湖は広大で、かつては湖に白鳥が沢山いたのですが、数年前に鳥インフルエンザが流行り全滅してしまいました。白鳥の復活も試みているようですが、今は閑散としています。ペリカンは辛うじて残っています。ペリカンと言えば、35年前に常盤公園から近くの幼稚園に何度も飛んで通っていたカッタ君が有名です。
かつての様子がこちら⇩
カッタ君が当時何度も幼稚園に通ったのは、幼稚園にあった大きな鏡に映る自分をメスと勘違いして恋したからではないか?とかなんとか…。カッタ君はもう亡くなっていますが子孫は残していますから、その後本物のメスに恋することが出来たんですね!
我が息子が小さい頃までは、数頭のペリカンが園内を自由に歩き回っていましたが、今は鳥インフルエンザから守る為にペリカン島自体を網で囲ってあります。
そして植物園は、つい最近リニューアルしたようで有料になりましたが、お金を払ってでも見る価値十分な素晴らしい空間になっていました!

⇧ガジュマルの木です。愛嬌がありますよね!

⇧バナナの花です。上の方に青い実がなっていました。



サボテンが多いです。花咲く季節に行って良かった!


トゲトゲのっぽのサボテンにこんなに美しい花が咲くなんて°˖✧


ため息が出るほどの美しさでした✧˖°


そして出口で迎えてくれるのは、オリーブの木です。こんなに大きなオリーブは初めてみました!
総じて、植物の生き生きとした美しさに感動しました!!
皆様も、ぜひ花咲く季節に訪問くださいませ°˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖°
かつて、息子が幼稚園の頃にガーデニングにはまっていました。ベランダで花をいろいろと育てましたが、狭くてあまり置けないので、幼稚園の庭の花をボランティアで世話するほど熱心になりました。息子が小学生になって近所の園芸店でパート勤めを始め、ずっと園芸の仕事がしたい!と本気で思っていましたが、意地悪な人がいてそれに耐えられなくなって2年足らずで辞めました。その後マンションの大規模修繕でベランダを空にしなくてはならなくなり、植物を整理。並行して、息子の小学校で絵本の読み聞かせのボランティアもしていたので、子供の本の世界に夢中になっていくうちに、植物への熱は冷めていきました。
しばらくは、少しのグリーンがあるだけの寂しいベランダでしたが、園芸の友の影響で去年の夏にスイカを育てました。スーパーで買ってきたスイカの種から育てたのです。この時久々に園芸への熱が戻ってきて、夢中で育てました!来年の夏は大玉トマトを育てたい!と思っていましたが…再び秋から2回目のマンションの大規模修繕が始まり、またベランダを空に。4月にはそれも終了したのですが、一度ベランダを片付けてしまうとなかなかエンジンがかからないのです。
そこにきて、この植物園での感動が私に再びエンジンをかけることになったのです!
その続きは、また次回 ♪