羊雲

復路の羊のふんわりノート

File17*黄斑前(上)膜・術後に発症した白内障の術後*半分、白い!

-*右眼・黄斑前(上)膜の手術後、1年9カ月(51才)で白内障手術をした私の場合*-

横浜相鉄ビル眼科医院 (横浜駅西口、神奈川県横浜市西区)

 ー*執刀主治医:鄭(てい)先生*-

内障手術の翌朝、というか未明、外はまだ暗かったのですが…トイレに起きると何となく感覚が変なのです。家庭にはないような太っといテープでガッチリ貼ってあったはずのガーゼがない!暗い中あわてて周りを見ると…白いガーゼは枕のそばに落ちていて、驚きました!!…その横で、私の術後よりもサッカーのワールドカップで頭の中はいっぱい!連日夜更かししている旦那が静かに眠っています。(コヤツ、口は悪いが、寝相だけはいいのです)私も前夜は処方された睡眠薬のお陰でぐっすりだったので、何も覚えてません。

 「このガーゼは翌日の診察まで取らないで下さい!」と言われていたので、キヤ~ッ!と半泣きな気持ちで、とにかく一刻も早くガーゼを元通りにしなくては!!とトイレは後回しにして、洗面所に行き鏡を見ながらテープを追加してしっかり貼り付けました。…その間、勿論、右眼は開けていません!コワくて開けられません!!もう必死で右眼をつむっていました!!!そしてその後、トイレを済ませ、右眼がとりあえず感覚的に何ともないのに少し安心して、再び眠りにつきました。

7時過ぎ、旦那のスマホの目覚ましの音楽で目が覚めました。…今度はガーゼはちゃんと付いています。右眼は痛くもカユくもありません。大丈夫そうです。…でも、どーして取れちゃったんだろ?不思議です。。

翌日検診、午前の受付までに来るように言われていました。しかし、片眼ガーゼのまま通勤で混んでいる時間に電車に乗りたくないし、半端な時間に行っても結構待つしなー。天気も良かったので、2回洗濯機を回しシーツなども洗ってゆっくり家を出ました。昨日の帰り道に続き、すっかりモノビジョンの私は完全に片眼でもほぼ普通に歩けます。私、この先、片眼しか見えなくなってもやっていけるじゃん!と何だか自分が頼もしくなります ♪ 医院に着いたのは12時過ぎ。午前の受付は12時半までなので、さすがに人はまばらでした。受付を済ませ、長椅子に座ろうとしたら、なんと!昨日お話した年配のご婦人が座ってらっしゃるではありませんか!!(また会えた ♪ )ガーゼはすでに取れていて、保護メガネをかけていらっしゃいます。隣に座っているご主人とおぼしき男性とお話されていたので、私はにっこり「こんにちは」と挨拶だけして空いているところに座りましたが、すぐに検査に呼ばれました。検査室で検査士さんにガーゼを剥がされ、周りをきれいに拭いてもらいます。そこで、初めてそっと目を開けました。

1日ぶりに右眼に明るさが戻ってきました。勿論、見えます!…しかし、いくつかの検査をしている途中で、希望していた焦点40cmよりも若干遠くにピントが合っているように感じます…。検査が終わり診察を待つ間に、トイレの鏡で右眼を見てみると…白目が赤い!…アレ?確か、アプリコットさんが黄斑前膜じゃない方の眼の白内障手術をしたとき、黄斑前膜の時と違って術後は眼がきれいだったと書いてらしたはず!!昨日、沢山泣いたから?寝てるときに、ガーゼが取れちゃったから?と、少し不安になり、だけど検査士さんには何も言われなかったし…あ!この目で明日から仕事に行けるかな~?と明日からの予定を考えます。急な手術の延期でしたから、仕事の休みが変えられず、術後翌々日から5連続出勤でした。でもそこは、時給に似合った責任の薄~い、どころか、ほぼ責任などないような仕事ですから、いざとなれば堂々と病欠すればよいのです。急に休んでも、特に迷惑がかかることがない、という気楽なところが今の仕事のよいところなのです。だから、(私としては最長の)7年も(?)続いているのです。

そして鏡を見ながら保護メガネをかけ、待合室に戻り、長椅子に座って診察を待っていると、昨日お話したご婦人がいらして、また少しお話することができました。その方の白目は赤くありません。どちらの眼を手術したのかわからないくらいです。やはり何か違うのだわ…と思いながらも、2人で共通した感想は手術した方の視界が明るい!そして、手術はやはり、しっかり手術でしたよね!と。その方は、手術中に「眼を閉じないで下さい」と言われたようで、次週の黄斑前膜の手術はもっと大変かしら?ガスを入れることにならないといいんだけど…と心配されていました。そんなことをいくらも話さないうちに、その方は会計に、私は診察に呼ばれたので「黄斑前膜の手術、頑張って下さい!」とお別れしました。

診察室に入り、鄭先生に昨日の手術のお礼を申し上げるとすぐに「白目が赤いんですけど?」と言います。鄭先生はこともなげに「通常は目薬の麻酔だけなんですけど、硝子体手術をした人は痛みを感じやすいんでねぇ、麻酔の注射を打ったんですよぉ。右上のところに。それで、出血してるんです」と。え?今回も白目に麻酔注射打たれたんだ…全然分からなかった!黄斑前膜の時は、恐怖心が湧くほどグッと押されるような衝撃があったのに…。あの時は初めて白目に穴が開いたから、あんなにグウッと押されるように感じたのかなあ?それとも注射の種類が違うのかなあ?などと思いながら、診察を終えると鄭先生はカルテを見ながら「モノビジョンでいくにしては…若干近視が弱いですかねー。60~70㎝にピントが合ってますねえ。2.5D狙い(焦点40㎝)にしたんですけどねえ…」とおっしゃり、レーシックもしているし黄斑前膜も影響して焦点ズレするかもしれないことは覚悟していたけれど、やはり少しガッカリします…。でも、その気持ちを振り払うように、これを潔く受け入れなくては!と私は笑顔で「大丈夫です!文句言いませんから…」と言いました。すると、スタッフさんが笑い、鄭先生も柔らかい京都弁のイントネーションで「文句言われても、どうしよ~もないんですけどね~。まあ、まだ変わりますから!」とおっしゃい ました。そこで単純な私は、すぐさま、まだ変わるの?!そうか、変わるかもしれないのか!?とたちまち良い暗示にかかったのでした☆彡

そして、翌日か週末に来られるかと聞かれたのですが、来週ではだめですか?とお願いしたら、何事もなければ来週でもよいということになりました。

帰りの電車で、ふと昨日と違う自分になっているような気がしました。昨日は電車の中でも悲しくて涙が止まらなかったのに、今はもう悲しくありません。そして、突然に詩人金子みすゞの「大漁」が浮かんできて、昨日の私の悲しい涙は、水晶体への弔いの涙だったのだと気が付きました。もしかしたら、まだ頑張っていたかもしれない水晶体を私の意思がさっさと見切ってしまったのではないかと、長年頑張ってくれた水晶体に申し訳ないような気持ちになったのだと分かりました。しかしガーゼが外れ、眼内レンズの入った新たな右眼の視界が開けたことで、喪が明けたのです。

(後日この気持ちを鄭先生にお伝えしたら、「弔われた水晶体は超音波で砕かれて吸いとられて見事成仏しているので、ご安心ください。」とお返事頂きました^^)

ですから、無事に成仏した水晶体のためにも、私は、焦点ズレも含め自分で決めた新しい視界をしっかりと受け入れなくてはならないのです。

大漁       -金子みすゞ

 

朝焼け小焼だ、 大漁だ
大羽鰮(おおばいわし)の 大漁だ。

浜は祭りの ようだけど、

海のなかでは 何万の、
鰮(いわし)のとむらい するだろう。

 さあ、気持ちが新たっまたところで、術後1週間は眼に水や汗が入ることは厳禁なので、顔は拭くだけ(これは平気 ♪ ) 髪は他の人に洗ってもらいます(これは大変!)お風呂も寝るときも保護メガネを1週間はつけて、3種類の目薬を1日4回(こちらは数か月)点します。

…にしても半分、白い!右眼だけで見ると、白いものが純白に!

そして、今までなんでこんなに薄いんだろう?と思っていた、このはてなブログの字やoutlookのメールの字が、濃く見える!!字が薄く見えるのは、システムの設定のせいだと思っていました…。なんで、こんな薄ぼんやりしたグレーなんだろ?…と。何のことはない、己の水晶体の濁りのせいだったのです!それは、もう、びっくりです!!

…そして、比較されて初めて分かった、半分、セピア!

という左眼の視界の衝撃の事実!!…この続きはまた次回。。。

追記:前回の黄斑前膜の手術の時は、余分に張り付いた憎っくき膜を取ってもらった喜びでいっぱいだったのに、今回の白内障の手術では終了直後から悲しみが押し寄せてきて…同じ眼の手術でも術後の感情がこんなに違ったことに、自分でも驚いてしまいました!

感情に身体が反応して涙が出た…そのずっと後に頭で理由が分かる。涙は止めようとしても、止められない。そこに私の意思はない。意思によって生きているつもりでいるけれど、意思は、私のごく一部なのだと思い知らされる。私は、私が思っているよりもずっと複雑なのだと。面白いなぁ…と、思う。

 

 

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