羊雲

復路の羊のふんわりノート

File16*右眼●ー*黄斑前(上)膜の術後*白内障手術。。。

ー*黄斑前(上)膜手術当時49才だった為、白内障手術を同時にしなかった私の場合*-

横浜相鉄ビル眼科医院 (横浜駅西口、神奈川県横浜市西区)

 ー*執刀主治医:鄭(てい)先生*-

先週、関東が観測史上最短で梅雨明けしたという、いきなりの猛暑日となった6月25日、右眼の白内障手術をしました。

1年9カ月前にした黄斑前膜の手術後、高い確率で発症すると言われている合併症の核白内障の手術です。(白内障にはいくつか種類がありますが、手術は同じで、駄目になってしまった水晶体を人工レンズに入れ替えるという水晶体再建手術です。)

 術後1週間はパソコンを控えた方が良いということでしたので、自宅のパソコンは封印しておりました。(しかし、思わぬ手術の延期でスケジュールの調整がつかず、術後3日目から昨日まで5日間連続勤務で、職場のパソコンは使わざるを得ませんでしたが…。)

そう、本当は先週手術の予定でした。思わぬ事態で延期となり、先週は術後検診の為に多めに仕事の休みを取っていたので、Wワークしていて普段は休みの少ない私に突然ゆっくりできる時間が出来ました。すると、何だか急に気持ちが乗ってきて、ずっと汚れが気になっていたキッチンの床シートを張り替えたり、奥の棚の改造をしたりと、普段はできない家の中の整理整頓に身が入りました!

家の中がスッキリすると、心もスッキリします☆

立つ鳥跡を濁さず。身の回りを綺麗にして、再度手術に臨みたい…。

お陰様で心の準備も十分に、余裕を持って手術の日を迎えることができました。

手術当日の朝、旦那には延期になったことも勿論伝えてありましたが、朝に弱い旦那は普段通り自分の出勤支度にバタバタ。私が「今日、手術なの」というと「あ、そ」と予想通りにコヤツらしい返事。「頑張って!とか、何とかないの?!」と言うと、「頑張るのは医者だろ。おまえは麻酔かけられて転がってるだけだろ。」と相変わらずの淡冷辛口ぶりに「麻酔ったって、部分麻酔なんだから!キョロキョロしないように、じっとしてるの結構大変なんだよ!」と言うと、チロッとこっちを見て「…じゃあ今日無理して晩飯作んなくていいよ。弁当買ってきてやろうか?」とようやくコヤツの(これで目一杯の!)気遣いの言葉を聞ければ、私の心はよし!となり、「いいよ、片眼でもご飯は作れるよ。予め下準備してるし」と言うと、再びチロッとこっちを見て「あ、そ」と出勤していきました。(…何も言わなかったら、きっと帰って来るなり片眼ガーゼ貼ってる私を見て「あれ?今日だったの?」で終ってたんだろうな…。ま、別にいーんですけどね。)

手術は14:20~でした。3時間前には来るよう言われていたけれど、少し遅れて到着。先週9時に来た時ほどの混雑ではありません。それでも、最初は廊下の丸椅子に座っていましたが、少しして中の長椅子が空いたので移動すると、隣に座っている年配のご婦人も定期的に私に続いて目薬を点されています。聞けば、偶然にも私の次の14:40~白内障の手術でした。そして、やはり先週の手術を延期した方でした。今日の術後の経過が良ければ来週反対の眼の黄斑前膜の手術をする予定と聞き、私も1年9カ月前に黄斑前膜の手術をしたことを伝えました。その方は「私としては、黄斑前膜の方=悪い方の眼を先に手術してほしい気がするんだけど、先生は反対の眼の白内障の手術を先にした方がいいって言うのでね…」とおっしゃいます。黄斑前膜の術後は見え方が安定するまで時間がかかるのを身を持って知っている私は、なるほど!と思いました。両眼ともそれなりに白内障がある人は、先に黄斑前膜でない方の眼の白内障手術をしてしっかり見えるようにしてから、もう片方の黄斑前膜の手術をするのかー、と。アプリコットさんは、黄斑前膜の方の眼を先に手術されましたから、この方ほど反対の眼の白内障が進んでいなかった、ということなのでしょう。そうか、白内障の進行具合によってどちらを先にした方が良いか、判断が分かれるんだーと妙に感心していると、「あなた、花粉症はある?」と聞かれました。国民病と言われる花粉症がないのが自慢な私は「いいえ!」と答えました。すると「私は花粉症が酷くて目を擦ってしまうから、そのせいで歪んで見えるようになったのかと思ったのよ~」とかわいいことをおっしゃり、そのまま黄斑前膜の事をそうこうお話している間に手術30分前になり、スタッフさんにトイレを済ますよう言われました。

(先週11:20~の手術の予定だったときは2時間前の9時に来るよう言われていて、今回は3時間前だったので、お昼ご飯の時間込みかな?と思っていましたが、そんなものはなく、ひたすら定期的に目薬を点されていました…)

トイレから戻ると、手術用のキャップを被せられました。少ししてスタッフさんのシーバーから「次の方お願いします」と聞こえてきて、ほぼ時間通りに手術室へ移動しました。手術室に入ったら、衛生を保つ為、先生への挨拶は不要ですから声を出さないように言われていた通り、黙って静かに足元に鞄を置き、やや厚手のタオルハンカチだけを手に握り、椅子に座りました。

そこからはもう…目の周りから中からワシャワシャと掛けられたり拭かれたりで、ガッツリ消毒され、1年9カ月前にも同じようにされたはずなのに忘れてるなーと思いながら、鄭先生の(当たり前なのでしょうが)診察の時とは違う張り詰めたような空気を感じ、しかし声はとても穏やかでゆっくりしているのに、動作はテキパキしている(ように感じる…だって、ワシャワシャしていて手つきまで見えない)そんなことに圧倒されていると、右眼に透明なシートを張られたり、部分的に剥がされたりしているうちに、全体にカバーがされて、右眼だけが出ている状態になりました。嗚呼…いよいよ始まる…と思った途端、カバーで隠れている左眼からなぜか涙が出ました。

そして「上…、右…、…左下」と見る方向を支持された後、しばらくして「3つの光の真ん中辺りを見てください」と言われます。光は上に横並びに2つ、その真ん中の下に1つあり、逆三角形のような配置になっています。「え?真ん中の光?」と思った私は、前にYouTube大高先生の白内障の手術の映像を見た時に「眼をキョロキョロされるのが一番困る」と言われていたのを思い出しながら、懸命に真ん中の下にある光を見つめます!…しかし、この光、何だか結構揺れる…。それでも、必死で見つめていると、私が見ていた真ん中の下にあった光だけが、突然消えて無くなってしまったのです!…あ!目印が消えた…と思ったら、気付きました。もしかして、3つの光で囲まれた真ん中辺りを見るように言われたんじゃないの?ヤダー!今まで少し下を見てたけど大丈夫かなー?!と思っていると、そのうち暗くなり…また明るくなったかと思ったら…終わったようで、しっかり貼り付けてあったシートをバリッと剥がされ、ガーゼを貼られました。このガーゼは、翌日の診察まで付けたままです。

他の人の体験談に、このシートを剥がされる時が一番痛かった!と書いてありましたが、私は前回の黄斑前膜の手術時も今回も全く痛くありません。それはきっと、肌バリアがしっかり保たれているからだろう、と密かに自負しているのですが…。

これは美活ブログではありませんが、少々お話しますと、かれこれ5年前になりましょうか。友人から、肌断食なる本を勧められ納得した私は、化粧水・乳液・美容液といったいわゆる基礎化粧品といわれるものを断ち、メイクも、ぬるま湯洗顔のみで落ちる極薄メイクしかしない生活に切り替えたのです。今までしていた、しっかり基礎化粧品やメイクを塗って→洗顔料でガッツリ落として→メイクと一緒に落ちたであろう水分・油分をまた基礎化粧品で補うべく塗って…の繰り返しを止めたのです。すると、それは私に合っていたようで、今までよりも肌がふっくらと厚くなってきたのです。つまり、この厚さこそが、いわゆる肌バリアではないかと思っております。

さて戻り、手術は無事終了し、時間にしてトータルで15分位だったでしょうか、腕時計をしていたのに全く見ていませんでした。怖さや不安は全く無くても、キョロキョロしないようにする!だけで、肩にずっと力が入っていました。当たり前なのですが、やはり、しっかり手術!でした。。。

そして、手術室から出て長椅子に座り、会計やお薬を待っていると、急に悲しくなってきて、涙が出てきました。ポロ…ポロ…と、止まりません。お薬を持ってきてくれた薬剤師さんに「痛いんですか?」と聞かれ、首を横に振ると「怖かったですか?」と聞かれ、また首を横に振ると「お水、持ってきましょうか?」と気遣って下さいました。帰りの電車の中でも、家に帰ってからも、ポロ…ポロ…と涙が出て、ガーゼの内側が濡れて、鼻のあたりがかゆくなってしまいました。手術は無事済んだのに、なぜか悲しくなって涙が出たのです。

その日はぐっすり眠りたかったので、睡眠薬と痛み止めを飲んで早めに寝ました。

悲しい涙の訳は、後日分かったのですが…それはまた、次回に。。。

 

 

 

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