羊雲

復路の羊のふんわりノート

半分、蒼い!

NHKの新・朝ドラが始まりましたね!『半分、青い。』

花子とアン』以降、主人公がたくましく出世していく話が好きで、『あさがきた』『とと姉ちゃん』『べっぴんさん』は先が楽しみで仕方ないくらいに見ていました!

 でもそれ以外は脚本や構成との相性なのか、主人公が自分と同じようにおっとりしていて話の内容もなかなか進まないなど好みが合わないと、途中で挫折してしまって…。(『ひよっこ』は有村架純が女コックになってくれることを期待して、結構頑張って見たんですけどね…)

私は、派遣勤務ながらもWワークをしていてMAXだと月24日出勤するので、毎朝バタバタでリアルタイムで見ることは無理。よって、毎週土曜日のBSのまとめ放送を録画して、休日(不定期ですが)のランチのお供の楽しみに ♪(先週2週目のはまだ見てないので、今日この後の楽しみに♪)

…週休2日の旦那より、私の方が出勤日数だけは多いのです!帰りに買い物をし、帰ったらすぐに夕飯を作って…と、そこまでは何とか体力は持っているのですが、問題は食後です。

お腹いっぱいになったら、一気に疲れが出るわ…眠くなるわで…一番辛い時間が。。。「あー!誰か食器洗ってー!!」と叫んでも、旦那も息子も聞こえないふり。。。お料理って、包丁を使ったり、かき混ぜたりと、とにかく右手をよく使うから右肩が異常に凝って…それが1日の疲れと合わさって…「ギャ~!助けて~!!肩揉んでくれるだけでもいいから~!!!」と叫ぶことに。。。たま~に息子が肩揉んでくれる時もあるけど、ほぼ助け舟は来なくて…一通り独り言を叫んだ後、自分でアンメルツを肩に塗り、簡易なマッサージ器をブ~ン♪とあてて少し横になる。(少しでも横になると違います!…何でだろ?横になると血流が良くなるからかな?かつて妊娠中に、なるべく横になって血流をよくするといいとお医者様から言われていたことを思い出しましたが…果たして?)そうしてまあ、とにかく少し疲れを取ってから「嗚呼…家族の中で私が真っ先に過労死する~!」と続けてぼやき、以前職場で一緒だった、母子家庭の女性の営業さんから、帰るのは娘の方が早いから夕飯作るのは娘でお皿洗うのは私なの!と聞いたことを思い出して…産んだのが息子ではなく娘だったら手伝ってくれたのかしら?などと考えながら、食器のあらかたは食洗器に助けてもらって、それでもお弁当箱や水筒、フライパン、ボウル、まな板などを手洗いして、明日のお弁当のご米を研いで炊飯器のタイマーセット、お弁当のおかずの下準備を済ませ、ようやく台所から解放されるのです。。。あら?!愚痴が長くなりましたね、失礼!

(おっと!本題に入る前に、ここで既に1000字を超えてしまった!)

さてさて、この度スタートした朝ドラ「半分、青い。」

なんの予告の情報も得ないまま見始めた私は、初回冒頭、なんと!ものの数十秒で泣いてしまいました。。。

主人公のすずめが友達の律から差し出された傘が一部壊れているのを、自分の左耳が聞こえないのに例えて、これを「悲しい」と思うか「ちょっと面白い」と思うか…「私はこれをちょっと面白いと思うのです!」と言ってオープニング曲に~♪

それはそのまま、すずめの左耳が私の右眼に置き換わり、歪んでしまった右眼の視界を「悲しい」と思ったり「ちょっと面白い」と思ったりしながら今まできたことと重なったのです。

傘の骨の一部が壊れているその例え、その壊れた部分は内側から見れば分かるけれど、それ以外の骨がしっかり支えているから外側からは分かりにくく、ちゃんと開いていて使えるところが、片耳が聞こえなくても(片眼が歪んで見えても)傍からは分からないし日常生活はさほど不自由せず過ごせることと重なり、そんなことが私の中を一気に駆け抜け、涙が出たのです。

 

ここで涙が出てしまうところが、私の心もいまだ回復途中、一進一退だということ。

…つまりは、まだまだ半分、蒼い!

(…”青い”ではなく、蒼い。蒼は、くすんだ青色です。)

 

主人公のすずめが生まれたのは1971年ですから、わたくし羊より4才下のイノシシ。

私も年子の弟と2姉弟で、子供の頃は近所の男の子に混じって野球をしたり、いとこのお兄ちゃん達と川で泳いだりして活発に遊んでいたのを思い出しました!これから続きが楽しみです♪

 

そして、我が子が小学生の頃に知り私が強く感銘を受けた、児童文学者の石井桃子さんが晩年残された言葉を思い出しました。

 子どもたちよ、子ども時代をしっかりと、たのしんでください。

おとなになってから、老人になってから、あたたを支えてくれるのは、

子ども時代の“あなた”です。

石井 桃子 2001年7月18日

(杉並区立中央図書館の展示の際に寄せられたメッセージより)

 子育てに関しても、自分自身に対しても、ハッとさせられました。

石井桃子さんは2008年に、101才で生涯を終えられています。これは、94才のときの言葉です。それこそ、人生100と言われる現在を生きた方の身から出た言葉。

自分が年を重ねれば重ねるほど、身内も友人も少しづつこの世を去っていく、その寂しさ虚しさはいかほどか…、支え合える人が減り行く中で、最後にしっかり自分を支えてくれるのは「子ども時代の自分」なのだと。

子ども時代の自分は、我が身が滅びるまで永遠に我と共に存在しますものね!

子ども時代は生きる力の基礎を作るときなんだ!と、息子には思いっきり楽しんでもらいました。。。

さ、先週の「半分、青い。」見~よおっ ♪

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