羊雲

復路の羊のふんわりノート

File8*右眼●ー*黄斑前(上)膜の術後*の患者が考える手術のタイミング!

ー*黄斑前(上)膜手術当時49才だった為、白内障手術を同時にしなかった私の場合*-

横浜相鉄ビル眼科医院 (横浜駅西口、神奈川県横浜市西区)

 ー*執刀主治医:鄭(てい)先生*-

院で黄斑前膜が分かり、手術が怖かった私は、症状が進み不便を感じることが増え、日常にも困るようになってからようやく手術を決意しました。(術前の詳細は横浜相鉄ビル眼科の黄斑前膜の体験談に寄せています♪)黄斑前膜の診断を受けてから9カ月後でした。そこでようやく、ネットで黄斑前膜手術の名医を探し、横浜相鉄ビル眼科の鄭先生に行きつき、高度で丁寧な手術をして頂いたからこそ、ここまで回復できたのだと、本当に感謝しています♡(素人の私になぜ高度で丁寧な手術だと分かるのかって?それは…スーパードクターの大高先生にそう言われたのです☆ )

 しかーし大きく見える縦横線が波打つかすむ、などそんな妙な症状が出る前に手術していれば、完全に元通りにならなくても、見え方の異常を最小限に抑えられただろうと思うのです。そこは、私が手術を決意するのが遅かったと思っています。(やはり私は鈍臭いのです…。)診断を受けた病院に定期的に通院し、見え方の異変と網膜の形(OCT)をしっかり観察していれば、もっと早く手術を決意できたかもしれません。

(ただ、そうしていたら、硝子体手術ができる医院だったので、そのままそこでお願いする流れになっていたでしょうから、そうなっていたらアプリコットさんと巡り合ってああだの、こうだの交わすこともなかったでしょうし、このブログもなかっただろうと思うと、これもまた運命だったんだろうなあと思うのです。…しかし、一文が長い!戻り!!)

ならば「黄斑前膜が分かった時点で、なるべく早く手術をすることが一番良いのでは?」と、鄭先生に問うてみました!お答えは「手術にリスクやデメリットがないのなら…」そう、リスクやデメリットの可能性がない手術なんてないのですから、ドクターの立場からすると、手術というものをおいそれと勧めることはできないのでしょう。どんなに腕の良い名医が技術として最良を尽くしても、術前診断には限界があるようで、手術して初めて分かる事もあるのだそう。そもそも手術というのは生体に手を入れるのですから、患者の体質云々も関係し、予期せぬことが起こることもあるのでしょう。自分の大事な身体ですから、患者自身もリスクやデメリットとは何なのか?をしっかりと理解し(横浜相鉄ビル眼科の黄斑前膜の質疑応答をご覧ください)誰にでもそのリスクやデメリットは起こり得ることをしっかり覚悟しなくてはなりません。

こまめに、片目で見た時、両目で見た時の見え方、症状の進み方に注意しながら定期的に検診し、よく矯正視力が0.6くらいに落ちたらなどとありますが、私は視力よりも見え方(大きく見える、歪んで見える)を重視して、いつ手術に踏み切るかどうかを自分で決意することが大事だと考えます。(逆を言うと、症状が進行しない、見え方に異変がない人は手術というリスクを負わなくてもよいということです。)

黄斑前膜は、失明などの緊急性がないゆえにドクターから手術を急がれることはなく、手術のタイミングは多分に患者の自発的な意思に任せられます

見え方の不便の感じ方も、近視が強かったり、老眼や白内障が始まっていたりすると、本人も気付きにくいのですが、その複合的な要因も絡む故に、その微妙な見えにくさや視界の変化は、検査の結果からドクターが指摘できるものではないようで、やはり本人にしか分からないのです。だから、なんとなくズルズルと時が過ぎてしまう。そこがこの病気の悲劇なところだと思うのです。

白内障のように、進み方に少々差があっても(進行し過ぎてさえいなければ)手術すればほとんどの人が同じような良好な結果が得られる病気と違い、黄斑前膜は時間が経てば経つほど網膜は変形するでしょうし、物理的に考えても、大きく変形したものほど戻りにくいであろう、時間の経過と見え方がとても大事になってくる病気です。

私が過去に戻れるとしたら、大きく見えるのを感じ始めた時にすぐ手術をすれば良かった。(なぜなら、私の場合は人の顔が上半分を引き延ばしたように縦長に大きく見えるのが一番嫌だからです。縦横線の歪みも若干はありますが、それは気になるほどではありません。)

大きく見え始めても、その時点では視力が1.0以上あることで、その時にかかっていた病院の先生は、絶対的に様子を見る段階です!というスタンスが強くて、手術を意識することから私が離れてしまいました。特に不自由なことはなかったから、ズルズルと様子を見てしまった。そうして見えにくいという不自由を感じるまで進行したから、手術しても大きく見えるのが残ってしまったのでしょう。

その時私が感じた具体的な異変は、「人込みで周りの人が霞む」「階段の足元が霞んで見えにくい」でしたが、いよいよ不自由と感じたのは「明るすぎる店内で物の値段が見えない」「財布の中の銀色の硬化(1円、100円、500円)の区別がつかない」「爪の境目が老眼鏡をかけても見えない」「暗めの店内でメニューが全く見えない」などです。(今はそれらはスッキリ解消してますけどね☆)

年齢的に老眼が始まるときでしたから、老眼の症状なのか分らなかったのですが、私よりはるかに年上の人達よりも見えてない様子から、老眼だけでここまで見えないはずはないと判断しました。老眼は見えずらいから始まりますから、距離を離せば何とか見えるようになったりするようですが、黄斑前膜は離しても見えませんでしたから。まさしく、透明なゼリー状のものが眼前に張り付いているように、透明感はあるのに、見えなかったのです。

周りの同級生や、普段老眼鏡をかけている年上の先輩達さえ裸眼で見えているメニューが私一人全く見えなかった、あの時の不安と孤独感は今でも忘れられません。

 (今日も長文だなぁ…どうしても、長文になるんだなあ。。。)

<