羊雲

復路の羊のふんわりノート

File4*右眼●ー*黄斑前(上)膜の術後*友のゆくえ。。。

ー*黄斑前(上)膜手術当時49才だった為、白内障手術を同時にしなかった私の場合*ー

横浜相鉄ビル眼科医院 (横浜駅西口、神奈川県横浜市西区)

ー*執刀主治医鄭(てい)先生*ー

 明け早々、ブログで独り立ちするタイミングで我が大学時代の親友も黄斑前膜になった!という、その偶然に俄然興奮した私。。。なんだか、使命すら感じてきて、と

 ことんまで黄斑前膜を掘り下げていく気満々に!

そこで、黄斑前膜が分かったばかりの我が親友(49才)に、術後の私が真っ先に願うのは「明日にでも、鄭先生手術してもらって!」なのです。

横浜相鉄ビル眼科のHP→そこに寄せてある私の黄斑前膜手術体験談→HP内BBSからアプリコットさんのブログへ→その結果誕生したこのブログ + 私の個別アドバイス=「私も鄭先生に手術してもらいたい♡」という気持ちに至った彼女でしたが、そこに立ちはだかった大きな壁が!

黄斑前膜の手術には、手術してみないと分からないというガス(または空気、ここが厳密には違うようなんですねぇ~)を入れる可能性があります。ガス(または空気)を入れることになったら、約1~2週間は起きている時も寝るときもうつむきの姿勢でいなくてはなりません。しかも、ガス(にしておく!と、私の元気の源・酒井順子先生調に ♪)を入れるとそれが完全に抜けるまで、飛行機には乗れません。いかんせん、彼女は米子(よなご、鳥取県、山陰です)に住んでいる。。。1人で来ることになるので、横浜まで行きは飛行機で来ても、1人でうつむきのまま新幹線で帰るには遠すぎる。1人でガスが抜けるまでうつむきのままホテルに泊まるにも大変すぎる。では、医院から紹介してもらえる秋山先生の病院に入院するのは?と医院に伺ったのですが、1週間で退院になるので、やはりその後1人で米子まで帰るのはかなり大変だろうということになり、泣く泣く(?)諦めざるを得ないことに。

結果、彼女、黄斑前膜の友…、(米子ーよなごーに住んでいるので、”ヨナ”にしましょう!…韓国人でもスケーターでもありませんけどね)は、近所の大学病院で手術を考える方向に進んでいます。しかし、最初に診てもらった個人院の先生と1年後に診てもらった先生がたまたま同じ先生で、しかも大学病院からいらしていたので、その個人院には手術できる環境がないから、そのままその先生が大学病院で手術することになるという、なんともスムーズにご縁を感じられる流れになっていたのです。「今月半ばに検診の予約が取れたから、いろいろと質問して、OCTの結果ももらってくる!」と張り切って(?)いました。OCTの結果を写メするから!と言っていましたが…。

どうか、良い運びとなりますように☆彡

追記;ヨナは、只今、中3&高3の息子さんたちのW受験の真っ最中で、家族の健康管理や受験手続きに忙しくしています。(今は私達の頃と全然違って、受験システムが非常に複雑で、親というマネージャーによる手落ちでまさかの事がないようにするのも本当に大変で、一家で挑む!なのでしょう…)なので、自分のことが後回しになりがちなのを私は心配しているのです。(黄斑前膜は手術の時期が大事だと思うので…これについては、後の記事で…)今は、肝心の見え方もまだ「大きく見えるや縦横線のゆがみはないから」とのんきにしているようなのですが、視力が両目で免許更新できるくらいと少し落ちているのが心配です。

…キリギリス進学を選んだ息子のお陰で(?)ヨナとは対照的に、とぼけた羊となって熱心にマイブログを書き連ねることができている幸せな(?)私。かつて一浪までして大学受験に苦労した私としては、息子に対して「より偏差値の高い大学受験に挑んで欲しかった」という気持ちが全くないわけではないのです。今の私の職場である派遣先でも、まだまだ学歴社会を実感するので、社会がそれほどまでにこだわる偏差値の壁に挑む受験も、結果はどうであれ、その後の生きる力になると思うから。でも、彼は自分で己の能力に向き合い、進む道を見つけてきたのです。若い時分の興味は瞬く間に変わっていくかもしれないけれど、自分で決めたことならば自分でなんとかするだろうと、彼を信じることにして、私も、彼より遅れての子離れができた気がするのです。

にしても、ヨナの息子さん達があまりに優秀なので、ついポロッと息子に向かってそれを口にしたら…「遺伝子が違う。」とバッサリ!…その見事な切り返しに、笑ってしまいました!、それも含め半分は私の遺伝子であることは確かに間違いないのです。半分はね。。。

追記;一度アップした記事を、間違い探しのようにちょこちょこと更新しています ♪

カテゴリーも一応分けていますが…、だんだんごっちゃになってくるなあ。。。

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