羊雲

復路の羊のふんわりノート

File3*右眼●ー*黄斑前(上)膜の術後 × 年賀状 = 友の会誕生!?

ー*黄斑前(上)膜手術当時49才だった為、白内障手術を同時にしなかった私の場合*ー

横浜相鉄ビル眼科医院 (横浜駅西口、神奈川県横浜市西区)

ー*執刀主治医鄭(てい)先生*ー

 ログを始めたのが年明けだったので、(フリーカテゴリーにて)年賀状ネタでスタートしましたが…、近年の年賀状は高校生になった息子の事はもうちょろちょろ、そ

 の大半は私の近況です。去年はもちろん黄斑前膜の手術をしたこと、今年はその術後を頑張っていることだったのですが…その今年年明け早々、大変驚くことがありました!

私が学生の時に一番仲良くしていた友人から届いた年賀状に「私も黄斑前膜だったよ~(汗)」と書いてあったのです!(あんまり驚いたので思わず「え゛っ!!」と大きな声を上げたら、たまたま横に座っていた息子に「その声の方が驚くわぁ…。」とムッとされましたが…)

彼女は私より1つ年下ですから現在49才。(不出来な私が一浪していますのでね…)去年の年明け、初めて右眼に違和感と飛蚊症を感じ検査をしたら「黄斑膜」と診断されたのだそう。「黄斑膜の手術をしました!」という私の年賀状を読んだ直後だったにも関わらず、私が「黄斑膜」と書いていたのとその時には”手術”ということは何も言われなかったので、まさか同じ病気とは思わず様子を見ることになったのだそう…。

…確かに、黄斑〇〇って病気いくつかありますし…、他人の病気のことなど詳しく覚えていられない年齢になってきているのは私も同じ!

私なんて、1人しかいない息子の学校のことも息子が中学辺りから徐々に覚えられなくなったというか、覚える気がなくなってきたというか…。(ま、そもそも暗記は大の苦手でしたけどね!)毎年変わるクラスはまだ覚えられても出席番号は…我が脳が優先順位をかなり低く判断したのでしょう、最後まで覚えられませんでしたね…。そのほかの事も息子に関するゆる~い情報は右から左で…「それ聞くの、3回目っ(怒)!」と言われても全く思い出せなかったときはさすがに「私の脳、大丈夫か?」と思いましたが、血の繋がった気を許せる一番直近の我が腹から出てきた唯一の身内に対して、「この子になら何度聞いても大丈夫♪」と我が脳がとことんあぐらをかいているようなのです。そうしたら、ハタと思い出しました!自分が高校生のころにやはり何度も同じことを聞いてくる母にイラっとし「ボケるの早いよ!」と言っていたことを…。(若さゆえのスパイス!私もしっかり効いていましたねぇ…。この頃は認知症という言葉はまだなかったですからねえ。)当時は「私なんて試験ばっかりで覚えることが山のようにあるのに、なんでお母さんはそんなことも覚えられないの?信じられない!」と不思議でしょうがなかったのですが…、私も同じ道をたどっている。。。(お母さん、キツイ娘でごめんなさい!…あ、母は今でもおおらかにとても元気にしていますのでご心配なく♪)でも母も、娘の私にどんなにキツイこと言われても右から左で、何度聞いても大丈夫♪な血の繋がった気を許せる一番直近の自分の腹から出てきた私に、母の脳もきっとあぐらをかいていたんだろうなと思ったのでした。

(あらあら、横道にそれちゃいましたが…横道でちょこちょこ花を咲かせるのが私のくせなのです。戻りましょう戻りましょう ♪)

そうして我が親友、W受験を控える息子さん達に忙しくしてるうちにあっという間に年末になり、再び目の奥に鈍痛を感じたので病院に行くとそこで初めて(今すぐではないけれど)手術の話が出たのだそう。そして、年末ですから年賀状を書かなくては!と年始に届いた年賀状を読み返していると…「これって、同じ病気じゃん!」となったのだそう。彼女とは学生の頃からとても気が合っていたのですが、よりによってここまで気が合うものか?…「あなたも?私もなのよー!」というポピュラーな病気では決してないはずだし、40代で黄斑前膜になる人自体が少ないらしいのに…。その同じ病気に同じ年頃でなるなんて…、そこまで気が合わなくても…と思うと何だか可笑しくて2人で笑ってしまいました!!

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というわけで、「黄斑前膜*の会」誕生☆彡…心強き戦友が加わり、続きは、また後日  ♪

追伸;アプリコットさんのブログも、言わば「友の会♡」でしたね!アプリコットさんのブログの専属コメンテーター(?)を卒業させて頂き、これから1人で頑張るぞっ!の矢先でしたので本当にきましたが、* 彼女の場合 *も一緒にご報告させて頂きますので、こうご期待あれ ♪

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